よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十回

川上健一Kenichi Kawakami

「建設業界ってそういうものなのか? 山田、お前のところもか?」
「大昔はあったかもしれんけど今はねえな。そったらごどしたら評判悪くなって下請けだの職人だのが集まらね。仕事は信頼関係が第一だすけな。ほでねばいい仕事はでぎね」
「いい仕事だなんて、談合して検察に追われているやつがぬけぬけとよくいうよ」
 と小澤は笑い出してしまう。
「んだがら、それとこれとは話が違うんだってば。世のため人のため、談合ってのはいい談合と悪い談合ってのがあるんだよ。ちゃんとした、仕事を出す方も仕事をする方もみんなが満足するいい談合は、誰かがみんなのために一肌脱がねばわがねんだよ。それにまだ談合したと決められた訳じゃねえんだから。疑いがあるという段階なんだから」
「談合のことは置いといて、それで支払いの方はどう決着つけたんだ?」
 水沼は横目でバックミラーを見た。小澤の顔の後方に車が現れていた。大型のダンプカーだった。物凄(ものすご)いスピードでぐんぐん迫ってくる。パトカーではないので水沼は前方に視線を戻す。
「息子が相談受けて、俺が職人に頼んだという責任があるんだから、うちの会社で職人が受け取る金を立て替えてやらなきゃダメだと息子にいったんだ。ところがバカ息子はいくらいっても関係ないと突っぱねるんだ。それに今は右から左に回せる余裕のある金がないから払いたくても払えないというんだ。だったら金を借りてもいいから職人たちに金を払わなきゃダメだといったんだ。うちのようなちっちゃい会社は会社の利益よりも職人との信頼関係の方が大事なんだよ。そうじゃなくちゃ仕事が回っていかないんだ。大会社にいる山田には分からんかもしれんけどな」
「何へってらど。でっけえもちゃっけえも関係ねえ。仕事仲間との信頼関係が一番大事だ。それでお前はどやったのせ?」
「もちろんうちの会社で肩代わりしようとしたさ。信頼関係は宝物だからな。ところが息子は絶対に金は出さないっていうんだよ。仕事を広げて設備投資をしようとしている今、会社の金を使われたら困る、会社のためにもそんな金は絶対に出さないっていうんだ。あいつは職人との大事な信頼関係を反故(ほご)にしちゃったんだ。会社の利益より職人との信頼関係の方が大事だって俺が怒ったんだよ。それで俺が有無を言わせず会社の金で始末をつけようとしたら、カミさんがそれはうちの仕事じゃないから会社で責任とる必要がないって息子の肩を持つんだよ。職人と息子のどっちが大事なのかっていうから、職人の方が大事だっていったら信じられないっていうんだ。だから離婚なんだよ」
 小澤は一気呵成(いっきかせい)にいうとふうっと息を吐いて後部座席に身をあずける。この断絶感には我慢ならないというような憤慨振りだ。
「いまいちよく分からんな」と水沼はいう。「そっから何でいきなり離婚話に発展するんだ? そんなんで離婚話になるなら、世の中の夫婦はあれこれぶつかり合っていてほとんど離婚ということになるんじゃないか。離婚するほどの事件って訳じゃないように思うんだけどなあ。他人の夫婦のことは踏み込み禁止エリアで首を突っ込みたくないけど、それは引き金で他に何かあるんじゃないか? 奥さんがこれまで我慢に我慢を重ねてきた何かがさ」
「まああれこれあるんだろうけど、カミサンが怒って離婚だってなったのは、俺が黙って金を使い込んでしまったからなんだ」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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