よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十六回

川上健一Kenichi Kawakami

 カウンター席の男たちの背中が躍動して笑い声が弾けた。彼らは夕張映画祭の実行委員会のメンバーで、カウンターの中のオードリー・ヘプバーン・ママと昨年の映画祭での失敗談で盛り上がっていた。ドラムセットの前のボックスに陣取っている若い男女四人は我勝ちにと歓喜の声を上げて弾けている。彼らは三十分ほど前にやって来てからずっと笑い声を断やさない。水沼たちのいるボックスで混沌(こんとん)としてきた店内を引き割るようにして、
「セックスよ」
 ジーンズ女の声が響き渡った。「当たり前よオ」
 への字目笑顔の女と日本の城について話し合っていた水沼は、思わずジーンズ女を振り向いた。セックス、という過激な言葉に度肝を抜かれて啞然(あぜん)とした。ジーンズ女は山田と向き合っている。
「も、もちろん異議無し」
 と山田がタジタジとなりながらいう。「けどさ、何でも話せる親友とか気の合う友人とか自分のことを分かってくれる仲間と出会うことができるというのも最高じゃないか?」
「ウーン、それもそうねエ」
「言葉を失うほどの絶景っていうのもある。泣きたくなるほどの星空とか、心が打ち震える夕焼けとかさ」
「それも確かに点数高いわよねエ」
 二人の会話から過激な言葉が引っ込んでしまったので水沼はへの字目笑顔の女との会話に戻った。
「私は松江城が好きですね。佇(たたず)まいが殺伐としていなくて、ぬくもりがあるというか、のんびりしているというか、血なまぐさい雰囲気が感じられなくて、戦いの城というよりは漫画の中の平和な城という感じがするんです」
 とへの字目笑顔の女にいう。
「私も同じように思いました。松江城はそんな感じがしますね。お城が好きなのは私の主人なんです。主人は旅が好きで、お城が大好きで、あちこち一緒に行きました。私は沖縄のお城が好きです。お城といっても石垣が残っているだけなんですけど、きれいなカーブを描いている石垣で、あの柔らかい感じがとてもいいんです。凄惨な戦(いくさ)があったのでしょうけど、でもあのやさしい曲線の石垣は、沖縄の人たちのやさしさが表れているようで何だかほっこりしてしまいます」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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