よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十六回

川上健一Kenichi Kawakami

「沖縄の城の石垣は建築物というよりはもうアートですよねえ。地球人よりはるかに文明が発達している宇宙人か、異彩の建築家ガウディが設計したんじゃないかって思っちゃいましたよ。今帰仁城(なきじんぐすく)跡とか勝連城(かつれんぐすく)跡の石垣の見事な曲線は人間味があふれているような、心の豊かさが感じられて圧倒されました」
「水沼さんはどこへでも行ってるんですね。行ってない所がないみたい。奥様とご一緒が多いんでしょうね」
「いえ、ほとんど仕事がらみの旅ですね。広告の仕事をしていると撮影場所を探すロケハンや、デザインとかキャッチコピーのインスピレーションを得るための取材旅行が多いんです。プライベートでの旅は数えるぐらいですね」
「ウーン、ウェス・アンダーソンかあ」
 水沼の隣で小澤の声がした。百パーセント酔っぱらった声。言葉がはっきりせずにろれつが怪しくなっている。ニット帽の女と果てしない映画談議が続いていた。「あの監督はアー、すごい才能だよね、ウー、あなたも好きなのかあ、ウーン、僕も大好きだなあー、『ムーンライズ・キングダム』は傑作だよねー、あれはもうー、アウー、二十三回観たよー、二十三回ー、何回観ても飽きない、うん、飽きないー、ウーン」
 寝不足と長距離ドライブでヘトヘトになっている上に、ニット帽女と映画談議で盛大に盛り上がってはしゃぎすぎ、おまけに調子に乗ってハイボールを立て続けに五杯、勢いよく流し込んだので、心地よさと疲れと酔いが激しい化学反応を起こして気絶の沼へと引き込まれそうになっている。目は半開きで身体(からだ)がグラリ、グラリと舟を漕ぎ、正体を無くしかけている。
「ウェス・アンダーソンなら私は『グランド・ブダペスト・ホテル』ね。他の作品もそうだけど彼の映画って一人一人のキャラが際立っていて、輝いていて、みんな魅力的で、人間を見ているのって何でこうも楽しいんだろう、いろんな人間がいて、世の中にはいいものがいっぱいあるけど、やっぱり人間が一番いい、人間って面白いなあ、人生って素敵だなあって思えてうれしくなるから好きなの」
 ニット帽の女の言葉は小澤と違って明瞭だ。大好きな映画の会話を思う存分堪能していていきいきしている。
「やっぱりセックスよオ。そうよオ、最強だわよオ」
 と水沼とへの字目笑顔の女の反対側でまたまた過激なジーンズ女の声。
「やっぱりセックスには敵(かな)わないか」
 全面的には賛成できないような山田の声。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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