第十六回
川上健一Kenichi Kawakami
彼女は水沼の前に立つと、
「またお会いしましたね」
とにこやかな笑顔で見つめた。
「カノコさんたちも同じホテルだったんですね。タマエさんとモッチさんとここで待ち合わせですか?」
水沼はへの字目笑顔の後方に目を配る。遠くの方まで誰もいなかった。
「いいえ。彼女たちとはおやすみといって廊下で別れたのでたぶんこないと思います。疲れたからすぐに眠りたいといってましたから。お店でみなさんと再会して、すごく楽しくてお酒を飲みすぎたみたいです。私も少し飲みすぎました。眠る前にひと息つきたくなってやってきたんです。まさかまたお会いできるなんて思いませんでしたわ」
彼女の表情はおだやかで明るい。
「私も眠ろうとしたんですけど、何だか落ち着かなくてコーヒーを飲みにきたんです。もしよろしければご一緒しませんか」
彼女はうなずいて差し向かいに座った。水沼が手を上げてウエイターを呼び、彼女はコーヒーを注文した。
「タマエが失礼なこといってすみませんでした。でも悪気はないんです。思ったことをズバズバいうのは昔からなんです。きつい人だと思ったかもしれませんが、根は意地悪な人ではないんです。天真爛漫(てんしんらんまん)なだけで、友だち思いのとてもやさしい人なんです」
「分かっています。タマエさんにはお礼をいわなければなりません。初恋の相手が会いたくない事情があるかもしれないということを考えないのかとガツンと指摘されて、自分のことしか考えていなかったとハッと目が覚めました。本当にその通りでした。中学校の同級生だった男がいきなり何十年振りかで訪ねてくるというのは女性にとっては恐怖を覚えても不思議じゃないですよね。ちょっと考えれば分かることなのに、私たち三人はこの歳になっても一緒になるとガキのノリでイケイケになっちゃうんです。必ず反省することになると分かっているんですが、すっかり忘れて飛び跳ねちゃうんです。困ったもんです」
「でもそういうことは会ってみなければ分かりませんものね。初恋の人はびっくりするでしょうけど、三人で会いに来てくれたことを喜んでくれるかもしれません。私、何となくですけど、初恋の人は喜んでくれそうな気がします。モッチがいうように物語がある旅で、私もとてもいい旅だと思いますわ」