よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十六回

川上健一Kenichi Kawakami

「無敵よオ。せつないほど愛したいと炎に燃える瞳イ、淫らな妄想をかき立ててありったけの情熱を爆発させるのよ! 信じられないほどのめり込む愛する人との崇高なセックスには何ものも敵わないわよオ!」
 ジーンズ女は右手の人差し指を立てて高々と掲げる。
「タマエ。声が大きすぎるわよ。周りの人に聞こえちゃうわ」
 への字目笑顔の女が身を乗り出して、やめなさいよと諫(いさ)めるように手のひらをひらひらさせながらいう。
「ねえねえねえ」ジーンズ女はみんなを見回した。「生きていて最高っていうウ、人生の楽しみは何だろうって話になったんだけどオ、宴会部長さんと議論して出した結論はア、感動することだって一致したのよ」
「そう。感動。感激。やっぱりこれだよなあ」と山田はいった。「最近、ふっと、人生って何だろう、人生の楽しみって何だろうって思うことがあってさ、タマエさんにどう思うって訊(き)いてみたんだよ。具体的には何? ってタマエさんがいうから、俺は息を呑(の)むような自然の美しさに出会うとか、生涯の友とか仲間に出会うとか、いい女というか素敵な女性に出会うとか、つまりは出会いが感動とか感激を生むんじゃないかといったんだ」
 いい終えて山田はウイスキーの水割りを一口飲んだ。
「宴会部長さんは案外純情なのよ。だから何を青臭いこといってるのよセックスに決まってるわよってズバリ答えたけど正解だよね? 大好きな人とオ、愛している人とのセックス。最高に幸せだしいイ、最高に感動だよねエ」
「賛成!」
 ニット帽の女は諸手(もろて)を挙げた。「生きている最大の悦びよね。映画だって名作と呼ばれている作品は愛とセックスの物語が圧倒的に多いもの。悶(もだ)えるような苦しさを伴った愛(いと)おしさ、そんな愛する人とひとつに結ばれる。これ以上の感動、感激はあるかしら」
「だわよねエ。カノコオ、あんたはどうなのオ?」
 ジーンズ女がへの字目笑顔の女にいう。
「そんなこと、男の人の前で話題にするものじゃないわ」
 への字目笑顔の女は困ったように苦笑した。
「あんたはいつまでたっても乙女ちゃんなんだからア。ここにいる私たちはみんな大人だから恥ずかしがることないじゃないイ。愛する人とのセックスは嫌じゃないでしょう?」
「もう、だからね、こんな話題は男の人の前ではするものじゃないってば」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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