連載
初恋父(と)っちゃ
第三回 川上健一 Kenichi Kawakami
 水沼と小澤は苦笑し、
「エリちゃん。山田は肩とおっぱいの区別もつかなくなるほどもうろくしてるから許してやってよね」
「セクハラで訴えて刑務所にぶち込んでやった方がいいよ。いいクスリになりそうだからさ」
 と続けざまにいう。
「何へってらど、このツラツケナシどあ。イガどは存在自体がセクハラだ。そんなことよりもだな、夏沢みどりの居場所は調べればすぐに分かる。簡単なごどだ」
 山田は軽い口調でさらりという。
 水沼は笑いながら、
「何へってらど、このホンジナシ。宮下美和子が手紙をやりとりしてた頃からは、もう四十年以上経ってるんだぞ。オヤジさんは転勤族で、その当時の住所の家は借家だったっていうし、同じ所に居るはずはないじゃないか。結婚したかしないかは分からないけど、まあたぶんしたんだろうけど、それもこれもで住所が変わっているはずだ。昔と違って今は役場では住所変更した先を教えてくれない。どうやって調べるんだよ?」
 と鼻であしらう。
「まあ確かに、今は役場では転出先のことは他人に教えてくれない。個人情報にかかわることには神経質になってるからな。だけどな、奥の手があるんだよ。弁護士に頼めば一発だ」
「何で? 弁護士なら調べられるのか?」
「職権ってやつだよ。弁護士は事実を調べるのが仕事だからな。裁判とか、書類上必要になるから、職権で調べることができるんだよ。不動産とか工事関係で土地の所有者と話をしたり、契約書を交わさなければならないことがあったりするんだけどな、これがどこにいるか分からないことがあるんだよ。書類の住所から引っ越してしまってるなんてしょっちゅうだ。そんな時に弁護士なら役場で調べることができるんだよ。この場合、本当は良くないんだけどな。だから夏沢みどりがどこに住んでいるかも一発で分かる」
「へー、知らなかったな」
「何だ、それならすぐ分かるじゃない。水沼、弁護士に調べてもらって会いに行きなよ。ため息ばっかりついてちゃ身体に悪いと思うよ、たぶん。会えば気が済むんなら会いにいったらいいじゃない。会って何をしたいかは分かんないけどさ」
 と小澤はニヤニヤ笑ってけしかける。
「いや、そんなことまでして会いたいってことじゃないんだ。弁護士に頼んで居場所を突き止めるなんて、ストーカーみたいで気が引けるよ。それに弁護士だって、初恋の人に会いたいから現住所を調べてほしいなんて依頼、はい分かりましたって引き受けてくれる訳ないだろうが。どうしても会わなくちゃいけないとか、会ってどうしたいとか、そんなこともないしな。ただ、もう会えないんだなあと思うと、何だか無性に虚しいだけなんだ。初恋がテーマの仕事が終わってしまえば初恋のことは忘れてしまうだろうから、そうしたら溜め息も出なくなるだろうしな。お前らもそういうことがあるのかなあと聞いてみたかったんだよ」
 と水沼はさみしげに笑ってグラスを口に運ぶ。


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〈プロフィール〉
川上健一(かわかみ・けんいち)
1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。
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