よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第三回

川上健一Kenichi Kawakami

 水沼は山田よりも早口でいう。大きな仕事が二つ同時に進行しているが、制作に関しては広告主や広告代理店との打ち合わせは終わっている。最終決定の会議は二つとも三週間後だ。休めないことはないが、進行具合を管理しなければならないし、細かい決定もしなければならない。一週間丸々休む訳にはいかないのだ。それはいいとして、本当に夏沢みどりに会えるのだろうかと、焦ってしまって山田よりも早口になってしまった。
「大丈夫だ。案ずるより産むが易しってへるべせ。行ってみれば何とかなるもんよ」
「行ってみればって、どこに?」
「ホニホニホニ、いつまで経ってもホンツケナシだなあ。夏沢みどりが宮下美和子と文通していた住所にだよ。つまり函館だ」
「ホンツケナシはイガだ。それは四十年以上も前の借家だんで? とっくにいなくなっている」
「だからな、そっから転居先を探すんだよ」
「どうやって?」
「隣近所に聞けばいいんだよ。決まってるべせ。どこに引っ越ししたか分かりませんかって。ハンカクセごどへるな、このホンジナシ」
「だあへば、教えてくれる訳ねえべせ。昔ならいざ知らず、今だっきゃ個人情報には神経尖らせているすけ誰も気軽に教えてくれる訳ねえ」
「そう思うんべ? ところがいろいろとテクニックがあるんだよ。我だっきゃ仕事柄そういうことよくあるども、この誠意にあふれる品位と品格、滲み出る立派な人格が相手に安心感を与えるんだろうなあ、テクニックを駆使して話すとみなさま懇切丁寧にちゃんと教えてくれるんだよなあ。我の人徳だよなあ」
「相手はみんなど近眼じゃないのか? 誰が誠意にあふれる品格人格だよ? まあ人徳はあるかもしれないけどな。ちょっとハンカクサイ人徳だけどな」
 確かに山田は人徳があると、水沼は受話器を耳に押し当てたままうなずく。押しが強いところがあるものの、人当たりが柔らかく世話好きなので、仕事関係でも友達仲間からも頼りにされている。仕事でも遊びでも幹事役をまかされることが多い。
「何へってらど、初恋父っちゃよ。弁護士に頼むのは嫌だってへるし、ということは新聞で尋ね人広告出すってのも嫌だべ?」
「当たりめだ。何だかストーカーみたいで後ろめたいじゃ。そんなことしてもし会えたとしても、夏沢みどりが喜んでくれねおんた気がする」
「んだべ。だったらたったひとつの手がかりの住所さ行ってみるしかねがんべさ。さっきもへったけど、案ずるより産むが易しってこともある。転居先が分かるか、意外と近くにいるってこともある。転居してらとしても、二、三回かもしれない。結婚したとしても、そんなに居場所を変えてないかもしれない。案外簡単に住んでいる所が分かるかもしれねど? どんだ、同級生の仲間っこの悩みを何とか解決してやりたいってへるおらどのこのやさしい心根。ウウウ、涙っこ出る男の友情物語のいい話っこだなあ」
「イガどはどうせ冷やかしだろうが。夏沢みどりに会えても会えなくても、バガッコが初恋の女ば探してバヤバヤほっつき歩いてきたって、『山ゆう』で笑い話のタネにすればいいだけだ」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

Back number