よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第三回

川上健一Kenichi Kawakami

「空と海をバックに空中に浮いているグリーンか。それはいいな。見てみたいな」
「だろう。だから増毛なんだよ」
「それはいいとして我のリクエストも入れてくれるんだろうな?」
「何へってらど、この初恋父っちゃ。イガのリクエストは、はあ、ちゃんと入ってるべせ」
「へ? どごさせ?」
「函館に決まってるべせ。初恋を探す場所だよ。何よっちゃぐれだごどへってらど、このホンジナシあ」
「あ、そうか。だけどそれで終わりってことか? 引っ越し先が分かったらどうすんだよ?」
「だすけ臨機応変だってば。黙って我さ任へろ。引っ越し先が分かったら、ツアーのコースば変更してそっちば優先する。おっと会議の時間だ。飛行機の時間とか宿とか決定したらまだ報へる。へばなー」
 山田はせわしなくいって一方的に電話を切った。
 水沼は受話器を置き、すぐさまスピーカーホンに切り換えて内線ボタンを押す。
「はい。佐伯です」
 元気なかすれ声がスピーカーホンから飛び出す。
「水沼だけどちょっと来られる?」
「ボスの呼び出しとあらばキン斗雲(きんとうん)を呼んで三秒で行きます」
「ハハハ。来週一週間休む。初恋を探しに行ってくるよ」
 佐伯安里のあっけらかんとした明るさに釣られて、つい口がすべってしまう。
「あら、夏休みだと思ったけど仕事ですか」
「ハハハ。夏休みなんだけど、初恋プロジェクトのいいインスピレーションが湧く旅になるかもしれないんだ。その間のことを打ち合わせしておきたいので三条さんと一緒に来てほしいんだ」
「分かりました」
 水沼はスピーカーホンのスイッチを切り、回転イスを回して窓を見上げる。
 澄み渡る明るい青空が本当にさわやかだ。うろこ雲がレインボーブリッジの方にまでかかり始めている。大きな貨物船がゆっくりとレインボーブリッジに向かって進んでいる。うろこ雲からちぎれたような小さな雲が、点々と連なって伸びている。どこかで、夏沢みどりもこのきれいな空を見ているのかもしれない。
 ドアをノックする音がした。佐伯安里と三条清乃だろう。水沼は小さなため息をついてデスクに向き直る。それでも笑顔だ。
「はーい。どうぞ」
 いつもより少しだけ元気な声が出た。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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