よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第三回

川上健一Kenichi Kawakami

「俺はフォークダンスだな」
 出し抜けに山田はいう。
「何だ唐突に。お前はいつもその調子だな。何がフォークダンスなんだよ」
 と小澤。
「もしも初恋の女というか、小学生とか中学生の時に胸がじゃわめいだ女に会うことができたら、フォークダンスを踊りたいってことだよ。恨みがあるんだよ、フォークダンスには。オクラホマミキサーとかマイムマイムとか、あれって男と女が別れて内側の輪と外側の輪になって、それで逆回りに踊って次々に相手が変わるだろう?」
 山田は水沼に顔を向けていう。
「ああ、そうだったな。オクラホマミキサーとかマイムマイム、それから何だったけ、あの曲。もうひとつあったよな。ロシア民謡で、明るいような、悲しいような、楽しいような、涙が出るような、不思議な曲がさ」
 と水沼は小澤に助けを求める。物知りの小澤なら知っているはずだ。
「あったよな。何だっけ? 確か、そうそう、コロブチカっていわなかったっけ。最後はテンポが速くなって終わるやつだったよな」
 と小澤がいう。
「それだ。そのコロブチカだ」
「まあ曲名はどんでもいいけど、それでグルグル回ってお目当ての子が次だって時に、どういう訳か曲が終わってダンスが終了してしまうんだよ。次はあの子だ! 手を握れる! 一緒に踊れる! って胸の辺りがもちょこくなってじゃわめいでると、曲が終わってはいお終いとなって泣きたい気分になるんだよなあこれが。何もかも、ぎあね(さみしくてつまらない)がったなあ。いっつもそうだったんだよ。だからあの子と会えたらフォークダンスを踊りたいんだよ。どうだ、清らかな奥入瀬(おいらせ)渓流のようなこの思い。ホンジナシでツラツケナシのイガどとは、品位、品格が違うよなあ」
 山田は顎を上げて見得を切る。
「へっぺがどうしたこうしたとばっかりいってる山田らしくない望みだなあ。フォークダンスだけでいいの?」
 と小澤はせせら笑う。
「いいんだよ。まずはフォークダンス。何しろ恨みがあるからな」
「思い出した。そうだったな。俺もフォークダンスの時、夏沢みどりと踊れるってワクワクしたけど、いつもあと少しってとこで曲が終わったなあ。だから踊れなくてガッカリした」
「マイムマイムか。こんな曲だったよな。チャンチャンチャララン」
 小澤が顔を赤くしながら歌い出すと、すぐに山田と水沼が声を合わせる。山田はモツ煮込みの茶碗を箸で叩いてリズムを刻みながら歌っている。
「何だ何だ、マイムマイムじゃないか。懐かしいなあ」
 カウンターの中から店主の山本摂が笑顔を向け、一緒になって歌い出した。すると店にいる水沼たちと同年代の客が調子を合わせて歌い出す。座敷に上がっている男女二組の若者たちが何事かと振り向いている。客は全員顔なじみの常連客なのでみんな笑顔だ。山田が立ち上がって、
「エリちゃん、フォークダンス踊ろう」
 とエリちゃんに手を差し出す。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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