よみもの・連載

2020年 特別企画
『パラ・スター〈Side 百花〉』『パラ・スター〈Side 宝良〉』
著者 阿部暁子さん インタビュー

 車いすエンジニアを目指す百花と、車いすテニスプレーヤーとして頂点を目指す宝良。二人の友情物語はもちろん、車いすそのもの、車いすテニスという競技そのものがじっくり丁寧に描かれていることも素晴らしいのだが、本書の中で一際印象深いのが、事故に遭い、絶望の淵に沈んでいる宝良に向けられた、紗栄子の言葉だ。 「あなた、人生がくるってしまったと思ってるでしょ。確かにそうね。でもあなたにけがをさせて、本当だったら一生かかって手に入れられるかどうかのお金を支払うことになった人も、だいぶ人生がくるってしまったと思うわよ」
 こういう視線をもつ書き手だからこそ、読者の胸を打つ物語を描けるのだ、と私は思う。紗栄子はシングルマザーなのだが、宝良と紗栄子の関係は、仲良し母娘ではなく、むしろお互いに距離を置くような関係だ。でも、この言葉があるから、〈Side宝良〉で、事故直後、自暴自棄になり、紗栄子に酷(ひど)い言葉を投げつけてしまったことを宝良が悔いて、謝るシーンが心に響く。
「言葉にして、誰かにぶつけて、何かを感じさせたことを、なかったことにできるわけがないから、だから取り消すなんて言わない。一生覚えて、許さなくていい。私も自分が何を言ったか死ぬまで忘れない。一生覚えたまま生きていく」そして、さらに思いを述べ続けるのだ。毎日叱り飛ばされて、無理やりリハビリをさせられたから、体が動くし、車いすテニスができる、と。「ありがとう。感謝してる」。その直後、紗栄子が言う「人生って、こんなに突然、何もかも報われる時が来るのね」という言葉には思わず涙が溢れてしまった。
『パラ・スター』は、物語自体もそうだが、百花と宝良以外の登場人物たちもまた、いい。病気で車いす生活になり、そのことで学校での人間関係に悩み、不登校がちになってしまう小学生のみちる。彼女はやがて車いすバスケを始めるのだが、そこに至るまでに、悩み、もがくみちると、自分のせいで、と自責の念に苦しむ彼女の母親の姿。宝良と紗栄子の関係も含めて、母娘小説としても、じっくりと読ませる。

──
『パラ・スター』の最終盤に宝良に宛てたみちるの手紙が出てきますが、みちるの成長が感じられて、胸が詰まりました。みちるが悩み苦しんでいた時に、宝良が彼女に言った「学校に行くことそのものが一番大事なわけじゃない。一番大事なのは、どうしたらあなたが幸せに生きられるかってことで、学校はその手がかりを探しにいく場所だ」という言葉は、現実に学校という狭い世界で苦しんでいる子どもたちはもちろんですが、自分が帰属している世界や団体で悩んだり苦しんだりしている大人にとっても、すごく大事な言葉だと思います。こういう言葉を物語の中で言ってもらえることは、読者にとって力をもらえることだと。
阿部

そうだといいな、と思います。なんとなく出てきたキャラが、後になって、あ、これは、なんとなくではなくて必然だった。ということがたまにあるんですが、みちるがまさにそうでした。彼女は宝良にとって必要なキャラだったんです。不調でなかなか勝てずにいる時、昔の自分によく似たみちるを見て、その子のために動くことで、宝良自身に見えるものがある。そして、そこから次のステージに行ける、という。障がいをもつということは、先天的なものである場合もあるし、宝良やみちるのように、中途障がいでそうなる人もいる。それでも、それは「障がい」という言葉にまとわりついている気の毒なマイナスのイメージのものとは違う。それは実際に障がいをもっている人たちのことをよく知らない私たちのイメージにしかすぎないんです。実は、それぞれの楽しみや夢をもって、生き生きと生きている人たちだっているんだよ、と。そのことは、私自身が『パラ・スター』を書いたことで、気づかされたことでもあるんですが、そういう、私たちも含めた多様な人たちのあり方が、丸ごと伝わるといいな、と思います。

プロフィール

阿部暁子(あべ・あきこ) 岩手県出身、在住。2008年『いつまでも』(刊行時『屋上ボーイズ』に改題)で第17回ロマン大賞を受賞し、デビュー。著書に、『室町少年草子 獅子と暗躍の皇子』『戦国恋歌 眠れる覇王』、「鎌倉香房メモリーズ」シリーズ、『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』『どこよりも遠い場所にいる君へ』『また君と出会う未来のために』などがある。

吉田伸子(よしだ・のぶこ) 青森県出身。書評家。「本の雑誌」の編集者を経てフリーに。鋭い切り口と愛の溢れる書評に定評がある。著書に『恋愛のススメ』。

話題
沸騰!

パラ・スター〈Side 百花〉
親友で車いすテニス選手の宝良のために、最高の競技用車いすを作りたい! その熱意とは裏腹に、焦りばかりが募る新米エンジニアの百花だが……。

3月
19日
発売

パラ・スター〈Side 宝良〉
事故で車いす生活を余儀なくされた宝良。親友、百花の強引な誘いで車いすテニスと出会い、やがてパラリンピック出場を目標に掲げる。夢は叶うのか?

好評
発売中!

集英社文庫
阿部暁子さんの本

室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君
南朝の姫君、透子は北朝に寝返った武士、楠木正儀を連れ戻すため京の都に向かう。宿敵、足利義満や、猿楽師の美少年・世阿弥との出会いを経て、彼女が知った広い世界とは?