よみもの・連載

第3回「いきなり文庫! グランプリ」優秀作に選ばれたのは、中山祐次郎『俺たちは神じゃない 麻布中央病院外科』

北上
私はある作品ではまって久坂部羊さんの全作品を読んだんですが、この『オカシナ記念病院』は久坂部さんの作品の中でも異色作なんですね。ただ、何のために治療するのかというテーマは他の作品にもある。それは『俺たちは神じゃない』にも通底するもので、そういう医療小説の深いテーマが、迫力満点の手術シーン、絶妙なキャラクター造形、秀逸な構成と三拍子揃った現代医療エンタメの底に、綿々と流れていることを忘れてはいけないと思う。
吉田
参考図書としては、奥田英朗『イン・ザ・プール』(文春文庫)があがっていますが、これはうますぎて参考にならない(笑)。
北上
うまいよねえ。
江口
吉田さんの分類によれば、医者と患者の関係を描くパターンになると思いますが、医療小説の作者の多くは医師なので、医師以外の人が書いた医療小説を1冊、参考図書にしたかったんです。
北上
なるほど。
江口
参考図書の最後の1冊、夏川草介『臨床の砦』(小学館文庫)はどうでした?
吉田
面白かったし、うまいとも思うんですが、読後感としてはノンフィクションでもよかったような気がしました。
江口
コロナの渦中のなかで、奮闘する医師たちを描いていて興味深く読めました。でも『臨床の砦』が面白いのは内科医が主人公といいますか、ヒーロー役であることだと思うんです。医療小説のヒーロー役といえば、ふつう外科医であることが多いので、これは珍しいと言えないでしょうか。

角川書店 初版
2019年12月20日刊

『オカシナ記念病院』 久坂部羊

あらすじ

離島の医療を学ぼうと意気込んで「岡品記念病院」にやってきた研修医の新実一良。ところが先輩医師や看護師たちは、どこかやる気がなく、薬の処方は患者の言いなりで、患者が求めなければ重症でも治療を施そうともしない。一良は反発心を抱き、在宅医療、がん検診、認知症外来など積極的な医療を取り入れようとするが……。治療をすれば治るのか、つらい時間が長引くだけか。現代医療の問題点を浮き彫りにする医療小説。

文春文庫 文庫初版
2006年3月10日刊

『イン・ザ・プール』 奥田英朗

あらすじ

伊良部総合病院の地下、その一室にある神経科を訪ねた悩める患者を待ち受けているのは、色白で太った精神科医。その名は伊良部一郎。そして前代未聞の治療体験だった!? プール依存症、陰茎強直症、妄想癖……次々に訪れる患者も一風変わっているが、治療に当たる医者のほうがもっと変。果たして名医か、ヤブ医者か。現代世相の病理を、コミカルかつ軽妙な筆致で描き出した大人気シリーズ第1作。

小学館文庫 文庫初版
2022年6月12日刊

『臨床の砦』 夏川草介

あらすじ

敷島寛治は、コロナ診療の最前線に立つ信濃山病院の内科医である。一年近くコロナ診療を続けてきたが、令和二年年末から感染者が急増し、世間では「医療崩壊」寸前と言われるが、現場の印象は「医療壊滅」だ。ベッドの満床が続き、一般診療にも支障が出ていた。未知のウイルスとの闘いは緊張の連続だった。コロナ禍に立ち向かう小さな病院の奮闘を、現役医師が自らの体験を克明に綴った記録小説。

プロフィール

北上次郎(きたかみ・じろう) 1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。趣味は競馬。
2023年1月19日逝去。

吉田伸子(よしだ・のぶこ) 青森県出身。書評家。「本の雑誌」の編集者を経てフリーに。鋭い切り口と愛の溢れる書評に定評がある。著書に『恋愛のススメ』。

江口洋(えぐち・ひろし) 神奈川県出身。集英社文庫編集部次長。本企画の言い出しっぺ。

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