-短編ホテル-「青い絵本」

青い絵本

桜木紫乃Shino Sakuragi

 当時美弥子の父は脚本家と役者という二足の草鞋を履いていたが、生来の頑固さが災いしてか人間関係に複数のトラブルを抱え、妻と別れたところで結局北海道に戻ってきた。
 三歳の美弥子を連れての再出発は、北海道に演劇集団を立ち上げるところから始まった。弟子たちとともに自給自足の生活を送り、王国を治めることで、中央主体へ反旗を翻したのだった。
 王になる場所さえ確保してしまえば、太陽はその集団を明るく照らす。街おこしという名で肥大していった王国は、いつしか彼のハーレムになった。
 札幌の高校に進学して、私立大学を卒業してからの美弥子は、父と連絡を取っていない。ときどき新聞のインタビューに出たり、ローカルテレビのドラマ脚本を書き、不意に現れる父はすっかり老いて、細ってゆく王の風格と比例するように侘(わび)しい気配を漂わせていた。
 今も誰か、彼に心酔する弟子が身の回りの世話をしていると思えば、美弥子の心もそう痛まなくて済んだ。自分は、王女ではない。
 美弥子にとって三番目の母で最後の母だった高城好子は、当時東京から父の元へとやってきた塾生だった。
 人の世の酸いと甘いを経験してからの移住だった彼女は、若い塾生たちの姉のような立場になってゆき、やがて王の妻となった。けれど、その役も三年で解かれることになる。
 王の妻となって三年経(た)ったころ、高城好子はこつこつと描きためていた絵本が認められ世に出た。喜んでくれるとばかり思っていた王は、自分以上の扱われ方をするだろう妻を、その座から降ろしたのだった。
 美弥子は十三歳。勉強を重ねれば父の元を離れられることに気づいてからは、試験に受かる勉強しかしなかった。
 子供に向けているようで大人に寄り添う淡い絵と短い詩の組み合わせで、たかしろこうこの絵本は充分世の中に浸透している。読み聞かせのCDとセットになったシリーズは、ずいぶん売れた。やがて彼女が自分より注目されると危惧した父の目は確かだったのだ。
 手紙のやりとりがメールに替わったものの、お互いの近況を年に数回報告しあって、もう三十年以上の付き合いになる。
 美弥子が父の納得するような偏差値の高校に進学するためには、昼も夜もない勉強漬けの日々が必要だったが、そんな日々を手紙で支えてくれたのも彼女だった。
 社会に出てからは、ほとんどの報告を好子にしてきたし、そういう意味では親よりも親らしい存在だった。ふたりの間には、周囲の人間が愚痴をこぼすような身内としての寄りかかりがない。父と別れて他人になったことで、お互いほどよい距離を掴(つか)んだのだろう。
 専門学校、就職、結婚と流れてゆく美弥子の日々で、ひとつだけ手放さなかったものは、好子が教えてくれた画材だった。美術専門学校ではイラストと作画の勉強をしたものの、オリジナルで漫画家を目指せる才に恵まれなかった美弥子は、札幌で漫画を描く先輩のアシスタントとして重宝された。漫画原稿も手書きではなくなった今は、三人の作家を掛け持ちして、ときどきイラストのバイトもしながら生活している。
 やり残した作業をするかメールを開くか迷ったが、指先が少し冷えていることを理由にしてメールを開いた。

プロフィール

桜木紫乃(さくらぎ・しの) 1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年同作を収録した単行本『氷平線』でデビュー。13年『ラブレス』で第19回島清恋愛文学賞、同年『ホテルローヤル』で第149回直木賞、20年『家族じまい』で第15回中央公論文芸賞を受賞。他の著書に、『硝子の葦』『起終点(ターミナル)』『裸の華』『緋の河』など。近刊に『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』がある。