-短編ホテル-「聖夜に」

聖夜に

下村敦史Atsushi Shimomura

 大切な女性のために正義感で怒ってくれる頼もしい人──という印象は思い込みの誤りで、実際は自分が不快なことがあると怒鳴らずにいられない自己中心的な人間・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だったのだ。感情を抑えられず、些細なことで爆発する姿を付き合う前に見たときに彼の本質に気づくべきだった。だが、関係を持ってからでは遅かった。
 カツベに怒鳴られるたび、自分は取るに足らない人間だと思うようになった。
 後に判明したのだが、彼はマリカの実家より貧しく、ベニヤ板で造った掘立小屋に住んでおり、常にお金に困っていた。懇願されて仕方なくお金を渡すようになると、だんだん要求する金額が上がっていった。
 やがて飲食店の給料だけでは足りなくなった。
「俺のためにやれよ」
 カツベが紹介したのは風俗街にある外国人相手の売春宿だった。中国人の中年夫婦が経営しており、同じ中国人女性やベトナム人女性が働いている。
 身体を売る行為に抵抗はあったものの、そのときはもうカツベに逆らえなくなっていて、結局、売春宿を紹介された日から客を取りはじめた。アジア系の客が多かった。韓国人、中国人、日本人──。
 稼いだ金は全てカツベが管理・・していた。彼は一人でいい服を着て、いい料理を食べ、いいアクセサーを身につけていた。
 カツベの贅沢(ぜいたく)な生活のために身体を売る日々──。
 マリカは悪夢の追想を終えると、狭苦しい売春宿の一室とは比べ物にならないホテル内を改めて見回した。
 本当にここに部屋がとってあるのだろうか──。
 自分は騙(だま)されているのではないか、と疑心が芽生えてくる。『ヴィクトリアン・ホテル』はそれほどきらびやかだった。
 マリカは大勢の利用客が集まっているエントランスロビーに落ち着かなくなり、廊下の先にある女子トイレへ向かった。

プロフィール

下村敦史(しもむら・あつし) 1981年京都府生まれ。2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。他の著書に『生還者』『失踪者』『告白の余白』『黙過』『刑事の慟哭』『絶声』『ヴィクトリアン・ホテル』『白医』など多数 。