銀の翼が羽ばたくとき

佐藤さくら

紛争、格差社会、大地の崩落……。絶望にまみれた「最後の楽園」に、光はあるのか?

世界は滅びた。聖なる天樹が支えるラノートの地を除いて。山上の宮殿に住むノート人の青年・アスカは、魔術により天樹を守護する大祭司候補に選ばれた矢先、何者かに襲撃される。落ち延びた死の大地で出逢ったのは、先住民族・ユーリィ。ノート人に棲家を奪われて三百年、不当に搾取され続けていた彼らが、今まさに反撃の狼煙を上げようとしていることを知り……。滅びの国の冒険ファンタジー。

2025年6月20日発売
1,034円(税込)
文庫判/432ページ
ISBN:978-4-08-744785-9

【ラノートの地図】

絵地図/今井秀之

【人物紹介】

イラスト/山月まり

アスカ(20)

ノート人の青年。貧民街で育った落ちこぼれの魔術師だが、なぜか大祭司の候補に選ばれる。

ヨキ(20)

ユーリィの青年。ノート人と戦うため、悪しき雪蛇の身体を持つウーリに“鍛造”される。

鍛冶師の少女(13)

ユーリィの少女。ノート人からの支配を断ち切る宿命を背負い、名無しとして孤独に生きる。

【榎本空さんによる解説を特別公開!】

「この世界は既に滅びている」という一文で幕を開ける佐藤さくらの『銀の翼が羽ばたくとき』、読者は滅びの後の世界へと招かれる。その滅びとは誰にとっての滅びだったのか。滅びのただなかを、最後の天樹に支えられて生きながらえた唯一の楽園の繁栄を可能にしているものとは一体何なのか、誰なのか。それがこの本の問い。それはきっと、なんらかの存在を犠牲にしつつまわり続ける現実世界、しかしその犠牲をもはや隠せなくなってしまった現実世界を生きる、私たちの問いでもあるだろう。
 主人公はアスカという。生まれたときは別の名前で、幼い頃は宮殿で不自由なく育ち、しかし七歳になって〈輝く枝の一族〉の選定の儀に受からなかったために、そのまま宮殿を放り出され、飢えと強制労働、体罰という劣悪な環境の養育院に入れられた。名前も呼ばれない日々の中で、自分の名前すら忘れてしまい、たまらずそこから脱走する。そこで黒髪のセージという男に拾われ、名前を与えられたアスカは、以来貧民街で育った。しかしある出来事をきっかけに、アスカは大祭司候補として再びきらびやかな宮殿に呼び戻される。天樹の命を繋ぐという役割を担う魔術師たちの中の異物として。どうせここをまた放り出されることになるに違いないと悲観しつつ、その日に備えて生きる術を身につけようとしながら。
「生きることは、耐えることだ」。そうしてはぐれもので落ちこぼれのアスカを軸に物語が動き出す。
 ラノートという最後の楽園、もがきつつそこで生きようとするアスカ。これだけでも本書は十分魅力的なファンタジー作品であっただろうが、圧巻なのはそうして一度築き上げられた世界が、まさにあの崩落していく大地さながらに崩されていく、その鮮やかさだと思う。アスカは宮殿を放り出される。予期していた通り、しかし予期せぬかたちで。宮殿からだけではなく、ノート人の都アウドという防壁で守られた街の外の凍てつく未知の世界へと。そして知る、世界は滅んでなどいなかったと。ラノートは最後の楽園ではなかったのだ。

【著者プロフィール】

佐藤さくら(さとう・さくら)

福岡県生まれ。2015年『魔導の系譜』で第1回創元ファンタジィ新人賞の優秀賞を受賞し、デビュー。同作はコミカライズも果たし、本格ファンタジーの書き手として一躍注目を集める。23年『波の鼓動と風の歌』で第1回北上次郎オリジナル文庫大賞を受賞。著書に、「真理の織り手」シリーズ、「千蔵呪物目録」シリーズがある。

【大好評発売中!佐藤さくらの既刊本】

波の鼓動と風の歌

佐藤さくら

第1回北上次郎オリジナル文庫大賞受賞作
魂震える! 少女冒険ファンタジー

湖に転落した女子高生のナギは、人と獣のまじりものの姿で目覚める。岩牢に囚われた彼女を救ったのは、紺碧の瞳をした少年。元の生活に戻ることを願い、共に都を目指すが……。煌めく星の海。空を翔ける翠竜。美しい異境の地には、恐るべき〝秘密〟が眠っていた。交錯する人々の思惑は、やがて国の存亡を懸けた戦いに発展し――。その時、ナギが選び取る運命とは。魂震える、冒険ファンタジー。

2023年9月20日発売
979円(税込)
文庫判/432ページ
ISBN:978-4-08-744569-5