ついに決着、舞台は江戸へ!
さらなる奸策を練る安綱、一気に追いつめられる宗政。
前代未聞の領地争い、怒濤の完結編!
奥平藩藩主・宇佐美安綱の侵略で多くの家臣や民を喪った椿山藩藩主・本郷宗政。参勤のために江戸に向かった宗政だが、そこでも安綱の追撃の手はやまず、江戸城内に藩領の百姓が一揆を起こしたというありもしない噂を立てられ、さらなる窮地に立たされる。改易か転封か。いざとなったらこの首、上様に差しあげるのみ――覚悟を決めた宗政は、ついに反撃の狼煙をあげる。怒濤の展開を見せる完結編!
2023年12月20日発売
770円(税込)
文庫判/288ページ
カバーデザイン/高橋健二(テラエンジン)
イラストレーション/山本祥子
ISBN:978-4-08-744602-9
【書評】
泰平の世に、驚愕の合戦があった!
細谷正充(文芸評論家)
これは稲葉稔の新境地なのではないか。二〇二三年一月に集英社文庫から刊行された『国盗り合戦〈一〉』を読んで、まずそう思った。そもそも作者は「隠密船頭」「大河の剣」「武士の流儀」「浪人奉行」などの、文庫書き下ろし時代小説のシリーズで知られる人気作家である。シリーズごとに設定やストーリーに工夫が凝らされているが、基本的には江戸を舞台にして、主人公の痛快な活躍と、温かな人情を堪能できる、エンターテインメントとなっているのだ。
このような作品群によって、作家としての地位は盤石になっている。だが作者はそこに安住することなく、新境地に挑んだ。それが「国盗り合戦」シリーズなのだ。自分の世界を拡大しようというアグレッシブな姿勢は、まことに尊敬すべきものがある。もちろん物語の内容も面白い。ちょうど完結篇となる第三巻が上梓(じょうし)されたので、あらためてシリーズの全体像を踏まえながら、物語の魅力を語ることにしよう。
徳川三代将軍家光の治世。奥平藩は譜代だが、三万石の貧乏小藩だ。なんとか藩の財政を立て直そうとする藩主の宇佐美安綱が目をつけたのが、隣の椿山藩の所領・平湯庄である。なぜなら平湯庄は、かつて奥平藩の所領だったが、いろいろあって天領になり、幕府から椿山藩に下賜されたのだ。椿山藩で騒ぎを起こし、幕府に治国の能力がないと思わせ、そこから平湯庄を取り戻そうとする安綱。たまたま知り合った山賊たちを使い、平湯庄を荒らすのだった。
一方、謀略を仕掛けられた外様の椿山藩。藩主・本郷宗政は、藩政は家臣にまかせ、うつけ者と思われている。とはいえ正義感は強い。そんな宗政は、理不尽な争いを強いられ、しだいに変わっていくのだった。
というのが第一巻の簡単な粗筋だ。江戸時代に領地を巡り、二つの藩の間で〝国盗り合戦〟が起こる。この設定が秀逸である。駒岳の助五郎を頭(かしら)とする山賊を使い、平湯庄を荒らす安綱。罪なき人々が殺されるなど、終盤の展開はハードだ。
さらに第二巻でも襲撃が続き、被害が拡大する。宗政の幼馴染で、今は椿山藩の家老の一人である田中孫蔵は奥平藩の関与を疑い、安綱と会おうとする。ところが宗政が、思いもよらぬ行動に出る。側女(そばめ)の話を聞き、農民の苦労が知りたいと、畑仕事の真似事を始めるのだ。なにかと孫蔵を振り回す宗政の言動が愉快であり、ついニヤニヤと笑ってしまう。こうした宗政の存在が、ストーリーを過度に重くしない効果を持っている。しかも読み進めるうちに、畑仕事のエピソードに深い意味があることが判明するのだ。
もう少し詳しく述べよう。宗政と安綱を比較したとき、より藩主としての資質を持っているのはどちらか。明らかに安綱である。彼は貧乏藩を何とかしようと、藩政改革を真剣に考えているのだ。名君の片鱗は見せるものの、側室とよろしくやっていたり、話し合いの席で別のことを考えたりする宗政は、安綱に及ばないのである。
だが、人間としてはどうか。農民のことを知りたいと思う宗政は、自ら畑を耕すことで、彼らと同じ場所に身を置いた。それに対して安綱は、農民が国にとって大切な存在であると理解しながら、藩主である自分に支配される者と認識している。いや、身分制度の確立している江戸時代だから、安綱の思考の方が当たり前なのだが、読んでいる私たちは宗政の方に人間的な魅力を感じてしまう。二人の藩主を対比させ、それぞれのキャラクターを彫り込む、作者の手腕が優れているのだ。
さらに第二巻から、駒岳の助五郎もクローズアップされる。奥平藩内の山の中にある里で暮らしながら、山賊行為をしていた助五郎。自らの境遇に不満を抱く彼は、安綱の依頼を果たし、藩士に取り立ててもらおうとする。そんな助五郎に、里の長老の源爺が与えた言葉が「尾を塗中に曳く」である。意味は、位の高い立場でしがらみなどに縛られるよりも、貧しくとも自由に生きた方がいいというものだ。上を目指した助五郎の運命は、第三巻で明らかになるので、どうか自分の目で確認してほしい。本書は、宗政と安綱だけではなく、彼らを取り巻く多くの人を通じて、人の生きる意味を問いかけているのだ。
そうそう、第三巻では、意表を突いた展開も楽しめる。なんと参勤交代で、宗政と安綱が江戸に出府するのだ。それに伴い、宗政の国許で一揆が起きたという噂を安綱が流すなど、戦いの方向も変化。安綱が敵だと知ったものの、幕府を気にして、宗政たちは思い切った行動に出られない。ドキドキハラハラのエピソードが続き、ページを繰る手が止まらない面白さだ。
そして最後に、物語の着地点に驚く。詳しくは書けないが、そういう形で騒動を収拾させたのかと感心した。もっと痛快な終わり方にすることも出来ただろうが、あえて作者はこのようにしたのだろう。
さて、ここから先は私の勝手な想像になるが、本作のストーリーは、現在も続いている、ロシアのウクライナ侵攻を意識しているのではないか。領地を狙って侵攻してきた奥平藩がロシア。いきなり侵攻されて領民や家来を殺され、抵抗する椿山藩がウクライナである。そう考えると物語の着地点に、作者の想いと願いが託されているような気がする。実際はどうなのか、作者に聞いてみたいものだ。
いささか話が硬くなってしまったが、本作はエンターテインメント作品であり、肩ひじ張って読む必要はない。ただ、作品を通じて発せられた作者のメッセージは、きちんと受け取ってほしいのである。同時に、文庫書き下ろし時代小説で、新境地に挑んだ、チャレンジ精神も高く評価したい。本作があるから、これからも稲葉稔が進化することを確信できる。それはなんと嬉しいことなのだろう。
【主な登場人物】
◉奥平藩(譜代 三万石)
宇佐美左近将監安綱
藩主。二年前に父・高綱より家督を継ぐ
池畑能登守庄兵衛
筆頭家老。知謀に長けた軍略家
鮫島佐渡守軍兵衛
家老。安綱がもっとも信頼する
妹尾与左衛門
城代家老。若い頃武功をあげた猛者
西藤左門
中老。気が荒い
栗原平助
用人
吉原剛三郎
勘定奉行
柏原千右衛門
江戸留守居役。老中阿部対馬守に接近
米原銑十郎
馬廻り組。立神の里の助五郎との連絡役
原崎惣左衛門
山奉行
◉椿山藩(外様 十二万石)
本郷隼人正宗政
三代目当主。通称辰之助。豪放磊落な豪傑漢。六尺近い偉丈夫
田中孫蔵
若家老。宗政とは幼馴染
鈴木春之丞
小姓頭。美丈夫
鈴木多聞
城代家老。重役では最高齢
鈴木重全
筆頭家老
佐々木一学
家老。知恵者
田中外記
国家老
田中三右衛門
郡奉行
鈴木半太夫
馬廻り組組頭。剣の練達者
たけ
側女。百姓の娘
◎立神の里
駒岳の助五郎
篠岳山中〝立神の里〟の山賊の頭
小六
山賊。左門と斬り合い片腕を斬られる
六蔵
山賊
源助
「源爺」と呼ばれる立神の里の長老。
【シリーズ紹介】
野心に燃える譜代大名 VS. 民に慕われる外様大名
泰平の世に始まる領地をめぐる謀略戦!
大人気作家の書き下ろし時代小説シリーズ刊行開始!
いきなり文庫!
時は慶安二年、将軍家光の治世。逼迫する財政に業を煮やした奥平藩藩主・宇佐美安綱は、なんと他藩の領地を奪い取ろうと画策、狙われたのは肥沃な領土を持つ隣の椿山藩だった。そんな事態に陥っているとは露も知らぬ椿山藩藩主の本郷宗政は、大事なことは重臣任せで「うつけ」と見られている男。だが、侵略による被害が徐々に宗政の性根を変えてゆき——。泰平の世に起きた謀略戦、その行方は!?
2023年1月20日発売
定価:770円(税込)
文庫判/280ページ
カバーデザイン/高橋健二(テラエンジン)
イラストレーション/山本祥子
ISBN:978-4-08-744476-6
手段は選ばぬ、奪い取れ!
卑劣な奥平藩の侵攻に守勢の椿山藩が繰り出した秘策とは!?
2巻揃って遂に本格始動! 書き下ろし時代小説
いきなり文庫!
ついに奥平藩藩主・宇佐美安綱による侵攻が本格化、椿山藩領・平湯庄に甚大な被害を与える。襲撃には仕官を餌に籠絡した山賊の助五郎一味を使ったため、この企みが露見する恐れはないはずだった。しかし椿山藩の切れ者・田中孫蔵は現場の不条理な状況から、ただの物盗りではないことに感づいていた。そんな中でも吞気な藩主の本郷宗政は、思いもよらない方法で賊をおびき寄せると言い出して——。