ある日の放課後。寄宿学校に通う15歳のオスカルは、荒廃した城館に迷いこみ、そこに住む少女マリーナと親しくなった。彼女に導かれ人知れぬ墓地を訪れると、黒い蝶が彫られた墓碑に赤いバラを添える貴婦人の姿が。好奇心で後を追うオスカルとマリーナ。しかしその先には霧の都バルセロナの覗いてはならない秘密が隠されていた――。
オスカル・ドライ
イエズス会の寄宿学校で学ぶ十五歳の少年
マリーナ
サリア地区の館に住む少女
ヘルマン・ブラウ
マリーナの父。かつての画家
ミハイル・コルベニク
プラハ出身。ベロ-グラネル社の共同経営者
エヴァ・イリノヴァ
美貌のロシア人歌手。コルベニクの妻
ルイス・クラレット
コルベニクの御者
セルゲイ・グラスノウ
エヴァのマネージャー
タティアナ
セルゲイの双子の妹
ジョアン・シェリー
イギリス人医師。コルベニクの旧友
マリア・シェリー
シェリー医師の娘
ベンハミン・センティス
ベロ-グラネル社創業者の息子
ビクトル・フロリアン
ベロ-グラネル社の捜査を担当した刑事
人物相関図(クリックで拡大します)
『マリーナ』はゴシック・ロマンの香りあふれる青春ミステリー。「忘れられた本の墓場」シリーズで全世界の読者を魅了した作家カルロス・ルイス・サフォンが『風の影』に先立ち、初めてバルセロナを描いた小説だ。主人公は十五歳の寄宿生オスカルと、謎めいた館に住む少女マリーナ。靄と霧につつまれたこの都を舞台に、若いふたりは未知への冒険の旅にくりだし、知らず知らずのうちに過去の暗い影に追われることになる。
九月末の木曜日、オスカルとマリーナが歩いたバルセロナの通りを、訳者もたどってみた。その幻想と迷宮の都へ、短い旅ながら、読者のみなさんをご招待したいと思う。
¡Bienvenidos al mundo de Marina!『マリーナ』の世界へようこそ!
物語の主な舞台は、山側のサリア地区と、海側の旧市街。オスカルとマリーナが出逢ったサリア地区にまず向かい、謎の発端になる“サリアの墓地”に足を向けた。数年前にも訪れたのに、またも墓地の門が見つからずに迷っていると、赤いワンピースの老婦人がふいに現れて、隠れた小道から墓地に入っていった。サフォンの魔法に早くもかけられたのか、オスカルとマリーナの目撃した“黒い貴婦人”が時を超えて現れたのか…。糸杉と霊廟、墓碑と十字架が立ちならぶ境内はひっそり閑として、訪れる人もいない。①
若いふたりの足跡をたどって、墓地裏のドクトル・ロウス通り②からボナノバ通りの北側にわたると、いまも豪奢な館が坂道ぞいに建っている。オスカルのかつての探検ルートだろう。マルジェナット通り、イラディエル通り、アングリ通りに囲まれる一角は、路地がどこも行き止まり。探索するうちに怪しげな袋小路が見つかった。“黒い貴婦人”の影に誘われるように入りこむと、石造りの廃屋があり、裏手の斜面のしたに鉄道の線路が垣間見えた。③
奇妙な“温室”があったのは、ひょっとして…? 線路のむこうに目をやると、陶土色の寄宿学校の小塔群がひときわ高く大空に映えていた。
オスカルの過ごした寄宿学校は、いまも若者たちの学び舎だ。④堅固な正門から坂道をくだり、ボナノバ通りを右に曲がって歩くうちに、サリア広場が見えてくる。⑤ 広場に面したパティスリー〈フォア〉の赤いひさしをくぐると、そこはスイーツの“おとぎの国”。オスカルとマリーナが幾度となく腰をおろしたベンチにすわり、視線をあげると、サリアの教会と鐘楼が静かにたたずんでいた。⑥
(写真と文 木村裕美)
【書籍情報】
マリーナ バルセロナの亡霊たち
カルロス・ルイス・サフォン 著
木村 裕美 訳