【本書について】
1992年に連続刊行した『女人源氏物語 全5巻』(集英社文庫)は、これまでに多くの方に手に取っていただきました。これは「源氏物語」を登場人物の女性たちの視点で描き直し、光源氏を浮き彫りにするという試みでした。
「源氏物語」が再注目されている今、改めて瀬戸内寂聴さんが紡いだ「瀬戸内源氏」の世界観をお届けしようと、本シリーズを“決定版”と銘打ち復刊する運びとなりました。
さまざまな現代語訳がある「源氏物語」ですが、人間の欲望と感情を描き切った本シリーズで、「源氏物語」がさらに面白く読めることをお約束いたします。
集英社 文庫編集部
【本書の特徴】
カバーデザインを一新しました。カバー写真は、「源氏物語絵巻」を織物で表現した山口伊太郎の「源氏物語錦織絵巻」(ギメ東洋美術館 収蔵)です。精緻かつ大胆に表現された美しい織物をご覧ください。
文字を1段階大きくして読みやすくいたしました。
92年の初版刊行時の文庫解説はそのまま残しつつ、新たに豪華著名人による「決定版文庫解説」を収録しました。
<決定版解説 一部公開>
決定版解説 井上荒野
瀬戸内寂聴さんにはじめてお目にかかったのは、私が高校生のときだった。父が我が家の夕食にお招きしたのだ。
そのとき彼女はもう出家していて、尼姿だった。出家していたから、我が家にいらして、母や私たちに会うことができた、ということだったのかもしれない。寂聴さんはそれ以前の七年間、私の父と恋愛関係にあった。
当時の私はもちろん、そういう関係は知らなかった(母は知っていただろう——そのことは後述する)出家の意味も、あまり考えなかったように思う。
それから我が家と寂聴さんは、折々のお付き合いになった。父の死後もそれは続いて、寂聴さんは小説を書きはじめた私を励ましてくださったり、病気になったときには心配して、高価なサプリメントを届けてくださったりした。私と夫との結婚披露パーティに出席して、「女流作家は、幸せにならないほうがいいものが書けるんです。でも、おめでとう」というスピーチをして会場のみんなをドギマギさせたりもした。
そんな中で、私は、彼女と父との関係を少しずつ知っていった。あとから考えれば、ふたりのことは出版業界内では「公然のひみつ」であったのだけれど、だからこそ逆に私の耳には届きにくかったのだと思う。ふたりが男女の仲だったらしい、と気づいてからも、それはごく短期間のラブアフェアだったのだろうと私はずっと思っていて、七年間、という具体的な期間を認識したのは、本当に自分でも呆れることに、両親と寂聴さんとの関係を綴った『あちらにいる鬼』を書く準備をはじめたときだった。
(『決定版 女人源氏物語 一』決定版解説 冒頭より)
作品に登場する主な女性たち
桐壺更衣……源氏の実母。宮中のいじめにより病死。
藤壺……源氏の義母。源氏との不義の子を産む。
紫上……光源氏の妻のひとり。光源氏が幼少期に見初めて育て終生をともにした理想の女性。
葵上……源氏の最初の正妻。
六条御息所……源氏の年上の恋人。強い嫉妬のあまり生霊となる。
夕顔……三位中将の娘。頭中将の側室だったが、源氏が略奪。後に生霊にとりつかれて早く死ぬ。
朧月夜……右大臣の末娘。姉は弘徽殿の女御。朱雀帝に入内前に源氏と密会し、それが露見し、源氏は須磨へ。
明石上……流謫の地・須磨で源氏と結ばれ、姫を産む。余生は六条院で。
女三の宮……朱雀帝の娘で源氏の正妻。柏木と密通し、不義の子・薫を産む。
玉鬘……頭中将と夕顔の娘。美貌で宮中の人気を独占。
浮舟……薫と匂宮に思われ、悩み抜き入水自殺を図る。
系図(画像をクリックすると拡大します)
内容紹介
千年の時を越えて読みつがれる華麗なる王朝絵巻「源氏物語」を、女性たちの声で描き直す「瀬戸内源氏」
本巻では比類なき美貌と知性を持つ宮廷一の貴公子・光源氏の誕生から、成長して出世していくさまを描く。亡き母の面影を慕い、年上の女性たちに魅かれる源氏は、ついに父帝の女御と一線を超えてしまい──。
「源氏ブーム」の火付け役・瀬戸内寂聴があなたを鮮烈な世界に誘う。
花の宴の夜、20歳となった光源氏は、16歳の朧月夜と出会い、恋に落ちる。だが、彼女は源氏の兄で時の天皇・朱雀帝に嫁ぐ身だった。この大胆な三角関係が発覚したことで、宮廷内で立場が悪化し、都落ちに。しかし、彼は流謫の地・須磨で18歳の明石と出会い、新たな妻として迎える――。
本巻では、若く美しい男女たちが激しく求め合う様を描く。愛の恍惚と苦悩がほとばしる「瀬戸内源氏」を象徴する一冊。
39歳の光源氏は、冷泉帝(藤壺との不義の子)により、天皇に次ぐ最高の地位を手にし、私生活では、広大な邸宅に紫上をはじめ、愛する女人たちを住まわせる。公私ともに栄華を極める彼だったが、ひとりの女人の登場で予想外の展開に――。
本巻では、年齢や立場、性格などさまざまな女人が登場し、「女性にとって真の幸福とは?」という現代に通じる問いに答える。原作にない独創性が光る、第三巻。
15歳の女三の宮が降嫁してからというもの、順風満帆だった光源氏は苦境に陥る。一方、頭中将の息子で31歳の柏木は、以前からの恋心が募り、ついに女三の宮と密通してしまう。その事実を知り、さらに悩む源氏。追い打ちをかけるように愛する紫上も世を去り――。
本巻では、下の世代の台頭と中年を迎えた源氏の苦悩、女人たちの諦観と決別を描く。恋と愛だけではない、人間の成長を切り取る、第四巻。
最愛の妻・紫上を失った51歳の光源氏は精気を失い、やがて彼もこの世を去る。そして物語の主人公は、出生の秘密に悩む源氏の子・薫と、闊達で好色な孫・匂宮になり――。
本巻は、舞台を宇治に移した「宇治十帖」にあたり、次世代の若者たちの現代的な恋模様を描く。正反対の性格をした二人の青年と、彼らを愛する姫君たちが迎える衝撃の結末とは? 圧巻の第五巻。
【著者プロフィール】
瀬戸内寂聴(せとうちじゃくちょう)
1922年、徳島県生まれ。東京女子大学卒業。63年『夏の終り』で第2回女流文学賞受賞。73年得度、筆名を晴美から法名の寂聴に変更。92年『花に問え』で第28回谷崎潤一郎賞、96年『白道』で第46回芸術選奨文部大臣賞受賞。98年『源氏物語』(全10巻)の現代語訳の完訳。2001年『場所』で第54回野間文芸賞受賞。06年度文化勲章受章。11年『風景』で第39回泉鏡花文学賞、17年朝日賞を受賞。著作多数。21年逝去。