よみもの・連載

2022年新春対談 野口卓×上田秀人
奮闘記に奮闘する私たち

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

野口
ところで先ほど、ご自身の歩みについて触れていらっしゃいましたね。小説を書くきっかけということでいうと、上田さんと私で似ているようなところがあると感じているんです。上田さんの場合は、お子さんに父親の仕事を見せたいということで小説を書きはじめられたとか。
上田
はい。歯科医の仕事ぶりというのは、なかなか子どもに見せることができないもので。作家ならお父ちゃんちゃんと仕事してんねんでと見せれるなと思って、ミステリ作家である故山村正夫さんの私塾に入りまして、そこから小説を書くようになっていきました。
野口
私の場合、編集プロダクションにおりまして、仕事の関係で落語やシェイクスピアに関しては何冊か解説書を執筆していたんです。それが10冊目を数えようとしたとき、ひとつ創作を書きたいな、というふうに思って書きだした、という経緯なんですね。ラジオドラマや演劇台本の執筆などで忙しくしていたこともあったのですが、自分の創作で本を一冊残したい、と。デビューしたのは2011年。67歳という年齢で作家生活がはじまりました。
上田
私は、1997年に新人賞で佳作をいただいたのが37歳。最初に小説が本になったのは2001年ですね。
野口
その10年後に、私の時代小説デビュー作が刊行されたわけですね。やはり、それまでの人生にはない「小説」というものを書くようになった、そのきっかけが私たちは似ているな、と感じます。
上田
たしかに。いわれてみれば、そうですね。
野口
そうしたきっかけについては似ているのですが、作風は異なりますし、私は上田さんの書かれるものに圧倒されています。先ほどの組織や歴史というものへの細やかな描写もそうですが、描かれる人物の姿勢がいい。非常に確かで、納得できる人物である、という印象を受けるんです。
上田
ありがとうございます。「めおと相談屋奮闘記」シリーズの印象と野口さんのお人柄が重なるというお話を先ほどしましたが、デビュー作でもある『軍鶏侍』シリーズは、また印象が異なりますよね。物語自体は静かに進んでいくんですが、主人公のなかに熾火(おきび)のような炎があって、情熱的な文章に見えます。
野口
あの作品は、とにかく創作を一冊残したい、という思いで書いたものですから。それまでに、付き合いのある出版社の編集者に現代小説を持っていっていたのですが、2〜3社断られていまして。最後に持っていった編集者にも断られたので、諦めようと思ったら、「時代小説を書いてみませんか」とおっしゃってくださった。手元の短編をいくつか、時代小説に大胆に書き直していき、やがて『軍鶏侍』へとつながっていったんです。
上田
なるほど、そういった経緯があったのですね。今書き進めていらっしゃる「めおと相談屋奮闘記」シリーズでは、メリハリのつけかたが非常に穏やかになっていて、リラックスして読める。一度ハマると、ずっとハマりつづけるような文体ですよね。私には絶対に書けない、羨ましいなと思う文章なんです。
野口
嬉(うれ)しいご感想です、ありがとうございます。
プロフィール

野口 卓(のぐち・たく) 1944年徳島県生まれ。立命館大学文学部中退。93年、一人芝居「風の民」で第三回菊池寛ドラマ賞を受賞。2011年、「軍鶏侍」で時代小説デビュー。同作で歴史時代作家クラブ新人賞を受賞。著書に『ご隠居さん』『手蹟指南所「薫風堂」』『一九戯作旅』『からくり写楽―蔦屋重三郎、最後の賭け―』などがある。

上田秀人(うえだ・ひでと) 1959年大阪府生まれ。大阪歯科大学卒業。97年第20回小説CLUB新人賞佳作を受賞しデビュー。以来、歴史知識を巧みに活かした時代小説、歴史小説を中心に執筆。2010年、『孤闘 立花宗茂』で第16回中山義秀文学賞、14年『奥右筆秘帳』シリーズで第3回歴史時代小説作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。『勘定吟味役異聞』、『百万石の留守居役』ほか、人気シリーズ多数。

江口 洋 集英社文庫編集部部次長