甘利虎泰と飯富虎昌はさすがに家中でも一目置かれる武辺者(ぶへんしゃ)であり、ほとんど真中丸か、一の黒丸を外さない。 それを見て、晴信と信繁も気を引き締め直す。傅役とはいえ、家臣に遅れはとりたくないという気概に満ちていた。 最初の三番勝負は僅差で晴信と飯富虎昌の組が勝ち、信繁は心底から悔しがった。 そして、そこで昼餉(ひるげ)となる。 「やはり、競い弓は面白いな」 強飯(こわいい)を頬張りながら、晴信が上機嫌で言う。 「……兄上は勝たれたゆえ、面白かったかもしれませぬが、信繁は本気で悔しゅうござりまする。兄上に負けぬよう修練してきたのに……」 紅潮した頰を少し膨らませながら、信繁が答える。 「ならば、午後からは五番勝負とするか?」 「まことにござりまするか」 「ああ、いいよ。長丁場になればなるほど地力の差が出やすくなる。そなたの腕が物を言うのではないか」 「二人もそれでよいかな?」 信繁が甘利虎泰と飯富虎昌に訊く。 「異存ござりませぬ」 斉唱するように二人が答え、顔を見合わせて噴き出す。 「では、決まりだな」 晴信も頷く。 「ところで、信繁」 「何でござりましょう」 「遠駆けが終わった後、わが屋敷で一緒に夕餉を取らぬか?」 「まことにござりまするか」 信繁が眼を輝かせる。 「ああ、まことだ。御方(おかた)がな、夕餉の支度をしてくれているのだ。母上もお出でになるから、久方ぶりに皆で団欒(だんらん)をしよう」 「う、嬉しゅうござりまする」 「甘利、構わぬか?」 晴信が傅役に訊く。 「まったく異存ござりませぬ」 「では、そなたと飯富も一緒にどうであろうか」 「まことにござりまするか」 甘利虎泰は驚きながら聞き返す。 「本日、供をしてくれた礼だ」 「そういうことならば、なあ、虎昌」 「三条(さんじょう)の御方様の手料理とは、身に余る光栄にござりまする」 飯富虎昌も身を乗り出す。 「では、午(ひる)過ぎから五番勝負をやり、昏(くら)くなる前に戻るとしよう」 晴信は床几(しょうぎ)から立ち上がり、晴れた空に向かって大きく伸びをする。 これまで互いを避けるようにしていた弟と親密な時を過ごし、少し照れくさい気持ちになっていた。それでも、童の頃に抱いていた感情が甦(よみがえ)り、嬉しくなった。 昼餉を終えた四人は軽く手足を動かしてから、五番勝負に臨んだ。