よみもの・連載

信玄

第三章 出師挫折(すいしざせつ)15

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「先ほどは出過ぎた口をききまして申し訳ありませぬ。それがしが申し上げたかったことは、この件に関して役割の分担が必要だということにござりまする。お認めいただけますならば、すぐに方針を示すことができまする」
 原昌俊はしっかりとした口調で言う。
「認めよう。そなたに任せる」
 晴信は頷く。
「有り難き仕合わせ。では、処罰の方針について申し上げまする。まずは、今回の騒擾における先方を務めた諏訪西方衆の矢嶋満清は、即刻打首及び梟首(きょうしゅ)といたしまする」
 昌俊の言った梟首とは、晒(さら)し首のことである。
「さらに、福与城々主の藤澤頼親は投獄の上、無期限の幽閉といたしまする。おそらく、藤澤は当家への恭順を申し出ると思いますが、一切受け付けるつもりはありませぬ。矢嶋以外の西方衆、小坂藤三と有賀(ありが)泰時(やすとき)も同じく投獄の上、無期限の幽閉でよいかと。これらの咎人(とがにん)に荷担もしくは内通した者は、一族郎党の諏訪追放が妥当と考えまする。いかがにござりまするか、御屋形様」
「厳しい処罰だな」
「諏訪の者たちも、さように思うでありましょう」
「それが狙いか」
「はい。そして、まだ、謀叛を続けている高遠頼継は捕縛し次第、即刻打首及び梟首。高遠の一族郎党は上伊那(かみいな)追放といたしまする。また、高遠頼継に与力した一揆(いっき)衆についても、しばらくは投獄の上、詮議といたしまする。これらのすべてを高札にて諏訪及び上伊那一帯に布告し、同時に、こたびの武功の発表と並べ合わせてはいかがかと存じまする。これらの処罰を知り、心根が揺らぐ高遠一揆衆もおりましょう」
 原昌俊は淀(よど)みない口調で進言を終えた。
「すべては次なる諏訪の仕置のためということか……」
 晴信は腕組みをして訊く。
「皆はどう思うか?」
「よろしいと存じまする」
 最初に賛同したのは、信方だった。
「若が諏訪の者たちに申し渡した事柄とも整合しており、当家の方針を明確にすることができるのではありませぬか」
「それがしも同じように思いまする」
 甘利虎泰が小刻みに頷く。
「異議なし!」
 原虎胤も賛同した。
「皆、賛成のようだな。では、加賀守。そなたの進言通りに進めてくれ」
 晴信の言葉に、原昌俊は一瞬だけ顔を曇らせる。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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