第三章 出師挫折(すいしざせつ)22
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
翌日、信方は痛む頭を押さえながら、原(はら)昌俊(まさとし)に話の内容を伝える。
「ならば、われらの策通りに事を進めてよいということだな、信方」
「そういうことだ。若はわれらが思うよりも遥かに深く思い詰めておられたようだ。これが契機となり、また元に戻っていただけることを期待しよう」
「さようだな。禰津家はわれら二人で説得するとして、肝心の母子の説得はどうする?」
原昌俊の問いに、信方は顔をしかめる。
「……どうするか」
「跡部(あとべ)に任せてみてはどうか」
「跡部に?」
「ああ、元々、あの母子を見つけてきたのは跡部だし、あ奴ならば上手く説得するような気がする」
「脅すのではなくか?」
「決して脅してはならぬと釘を刺しておけばいい」
「わかった。その件は任せる。されど、菅助(かんすけ)はどうする」
「確かに、この話はあ奴の発案だが、しばらくはわれら三人で進めよう。何分にも隠密で事を運ばねばならぬからな。もちろん、菅助を外すというわけではないが」
「承知した」
信方と原昌俊は迅速に動き始めた。
二人で禰津元直(もとなお)との会談に及び、麻亜との養子縁組を申し入れる。内実の詳細を伝えたわけではなかったが、さすがに禰津元直も察しがよく、この話を快諾した。
禰津家との話がまとまり、次に跡部信秋(のぶあき)が母子の説得にかかる。難航すると思われたこの話もすんなりと承諾を得られた。
この早さに驚き、信方が跡部信秋に訊ねる。
「伊賀守(いがのかみ)、承諾が早かったことはよいのだが、まさか脅し上げたわけではなかろうな」
「滅相もござりませぬ。加賀守(かがのかみ)殿に脅しはならぬときつく言い渡されておりましたゆえ」
「ならば、いかような手を使ったのか?」
「将を射止めんとするならば、まず馬から。同じ理屈にござりまする。まずは母親の於太(おだい)を説得し、母親に娘を説得させ、最後にそれがしが娘に念を押しましてござりまする」
「それが上手くいったということか」
「はい。あの母子も離れ離れで尼寺へ入るよりは、二人で禰津家の厄介になる方がよいと判断したのでありましょう」
「尼寺の話をしたのか?」
「はい。養子の話を断れば、当然、そうなりまするゆえ」
「おいおい、だいぶ脅しに近くはないか」
「いえいえ、声を荒らげることもなく、至って普通に説得いたしました。母親には娘のため、娘には母親のためだと言い含めただけにござりまする。二人とも、そのことに異存はありませなんだ。やはり、二人とも一緒の方がよいのでありましょう」
「まあ、そうであろうな」
信方は訝(いぶか)しげな眼で跡部信秋を見つめながら頷いた。
こうして麻亜の養子縁組と御裳着の話は順調に進められた。
- プロフィール
-
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。