よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第七回

川上健一Kenichi Kawakami

 水沼は千葉の海の側に家を建てた。東京のマンションからは車で二時間ほどの距離だ。少し高台にあって、東京湾が見渡せる。田舎暮らしは妻の希望だった。喘息持ちの妻はかねて、畑仕事をして海を見ながらのんびり暮らしたがっていた。今は妻だけが二匹の犬と千葉の家にいる。東京のマンションにはたまに帰ってくるだけだ。妻が千葉の家に住み始めた当初、水沼は何とか仕事をやりくりして週末に妻に会いに行っていたが、最近では月に一度かふた月に一度程度になっている。遅くまで会社に居残る時間が多くなり、疲れてしまって長距離ドライブをする気力が出てこないし土日に出勤することも多い。
 返事を待つ水沼に山田がニッと笑ってから小澤を振り向くと、小澤が笑いながらうなずいて同意した。
「よし、決まりだ。仲間ッコならそうこなくっちゃな。おらどは(俺たちは)ガキの頃からのバガッコ仲間だ。友情に厚いバガッコ三銃士復活だ」
「仲間だの友情なんて青臭いよね。でも俺は嫌いじゃないよ。結構好きだよ」
 小澤が柔和な顔で暗い港を見ながらいう。それからギョロリと目を剥き、拳を握って両腕を突き出して俄然張り切りだす。
「こんなバカバカしい人生なんて糞くらえだ。そうと決まればボーッとしてる暇はないよ。すぐにレンタカーを替えてこよう。黄色いオープンカーじゃ目立ちすぎる。あっという間に御用になっちゃうよ。地味な色のセダンにしよう」
「うん。山田、やっぱり車は替えた方がいい。どうぞ捕まえてくださいっていうようなもんだぞ。クレージーキャッツ・オープンカー大作戦は変更しよう」
 と水沼はいう。
「うんにゃ、このままでいい。捕まった時にお前らに迷惑かけたくない。レンタカーを替えれば逃げるために替えたと思われる。俺たちは何も知らないで旅行を続けているんだ。このままでいこう」
「そんなこといったって、ホテルはドタキャンしてしまったんだから、もしも特捜班がお前を追ってたら、絶対にトンズラ決め込んだって思ってるはずだよ。ホテルはドタキャン、飛行機、フェリーにも乗ってないとなったら、北海道中のパトカー、白バイから追われることになるんだよ。袋のねずみですぐに捕まっちゃうよ」
 と小澤。
「ホテルのドタキャンは水沼の初恋相手、夏沢みどりちゃんの移転先が分かったので、水沼が早く会いたいとやかましくて出発してしまったということにすればいい。途中で捕まったらしょうがないけど、それでも派手なレンタカーで走ってれば確かに知らなかったんだろうと思われて、最悪でもお前らは無罪放免になるはずだ。その時はお前たちだけでみどりちゃんを探し出してくれ。それでいいよな水沼」
「ああ」
「なるほど。確かにそうだよね。お前はホンジナシ(何も分かっちゃいないやつ)のくせに本当にガキの頃から悪知恵がはたらくよなあ。談合の首謀者にぴったりだよね」
 小澤は感心してうなずく。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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