第十一回
川上健一Kenichi Kawakami
「そうだよ! 映画の『激突!』ごっこじゃなくて映画みたいなリアルな『激突!』の始まりだ! 面白くなってきたぞッ。水沼ッ、突っ走れ!」
小澤が雄叫びをあげる。
水沼は小さく首を振って苦笑する。『ブリット』ごっこが未遂に終わったと思ったら今度はスピルバーグ監督の出世作『激突!』ごっこが始まりそうになった。のべつ幕なしにふざけ合っていた頃の高校生のノリなのだ。現実の世界にダンプカーを激突させて抹殺しようとする殺し屋なんている訳がないと山田を見やると、山田はじっと左のサイドミラーに映るダンプカーを凝視している。水沼はバックミラーを見上げ、後部座席の小澤を見た。小澤は後ろ向きになって後方のダンプカーを見据えたままだ。
「お前らなあ、映画ごっこで行き当たりばったりを楽しもうとするのはいいけど、俺はスピード違反をする気はないからな。スピード出して運転する自信がないんだってば。だからお前らのバカバカしい楽しみにつき合いきれないんだよ」
と水沼はのんびり構えていう。
「何いってんだよ! ごっこじゃないってば。映画と同じの激突カーチェイスだ! あいつは絶対に殺し屋だッ。見てみろよ! あんなに飛ばすダンプがいるかよ! 二百キロは出しているぞ!」
小澤は後ろを向いたまま早口でいう。
「大袈裟(おおげさ)だな。ダンプが二百キロ出せるはずないじゃないか。今この車で八十五キロぐらいだから、せいぜい百キロちょっとってとこだな」
「百キロ出ていればこんな車をペシャンコにするには充分なスピードだ! 重さが何十倍もあるんだぞ!」
「初恋父っちゃ(オヤジ)よ。とにかくあのダンプに追いつかれるな。適当に距離ばとって走れ」
振り向いた山田の顔はいつになく真剣だ。
「お前まで何いうんだよ。殺し屋の訳ないだろうが。俺をのせようとしたって、そんな子供だまし誰も信じないってば」といいながらバックミラーを見た水沼の目がダンプカーに釘付けになる。あっという間にみるみる迫ってきている。獲物に向かって牙を剥(む)いて突進する肉食恐竜のような迫力だ。道は紅葉の樹林帯を貫く対面通行の片側一車線で追い越し車線がない。確かにこのままでは後ろから襲いかかられて吹き飛ばされるかペシャンコに潰されてしまう。「おいおい、何だあのダンプは。煽(あお)り運転の権化だな。警察に通報して逮捕してもらおうか?」
「水沼、スピード上げろ。どうも呑気(のんき)に構えていられない雰囲気だぞ」
助手席の山田がサイドミラーを見ながら低く切羽詰まった声でいう。
「本気か?」
「もしかしたら、もしかするかも。スピード上げろ」
「いけ! ぶっ飛ばせ! 殺し屋ダンプを引き離せ! 本当に映画の『激突!』みたいになってきた!」
小澤がまなじりを決して叫ぶ。
- プロフィール
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川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。