よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十五回

川上健一Kenichi Kawakami

 オードリー・ヘプバーン・ママが戻ってきた時にはボックス席はすっかり和んでいた。水沼とへの字目笑顔の女はサービスエリアで会ったオンボロ車のヘルメット老夫婦のことをあれこれ心配し、山田とジーンズ女は冗談だらけの会話で笑い合い、小澤とニット帽の女はいつ尽きるともない映画の話題で盛り上がっていた。ママは腰を下ろすなり、雪印にいた時は偉いさんだった人に夏沢さんのことをいって頼んできたわ、そんなことならすぐに分かるっていってたから安心していいわよ、所在が分かったら電話くれるって、といってから続けた。
「その夏沢さんという同級生の娘さんを探してるっていうのは、同級会のための名簿作りってだけじゃなさそう。マサオちゃんの好きな人だったんでしょう。忘れられなくてひと目会いたいから探してるのね。白状しなさいよ」
「参ったな。図星だよ。あこがれの愛(いと)しのみどりちゃんなんだ。会いたくて会いたくて、どうにも切ないんだよ」
「ぬけぬけというわねえ。でも納得。昔、私のこと二番目に愛してるっていったのはそういうことなのね」
「なんだお前」と小澤がいった。「マキちゃんママより愛してる愛人がいるのかよ」
「いる。俺のカミサン」
「嘘つけ」
「本当。それはいいとしてママよ、みどりちゃんに会いたくてたまらないのは俺じゃない、こいつ」
 と山田が面白そうに眉を上げて水沼を指さす。そうそう、こいつなのと小澤も水沼を指さした。水沼は黙って笑うしかない。への字目笑顔の女はうなずいて温和な目で水沼を見つめた。
「僕たちはこいつの初恋の相手を探してドライブ旅行中なの」
 と小澤。
「あら、『初恋のきた道』じゃなくて『初恋への道』なのね。『初恋への道』のドライブ旅行かあ。物語のある旅、素敵だわあ」とニット帽の女がいった。
「『初恋のきた道』のチャン・ツィイー、最高にかわいかったなあ。それに舞台となった大自然の秋の映像がとんでもなくきれいだったねえ」
 と小澤は宙を見つめた。ニット帽の女が、本当にそう、あの景色ったら夢のようといって映像を思い浮かべるようにうっとりした。
「夕張の秋だってどこにも負けないわよ。日本だけじゃなくてあちこち行って秋の景色見たけど、夕張の秋って最高にきれいだって本当に思うわ。今日の景色見たでしょう? きれいだったでしょう? 夕張だけじゃなくて北海道の秋の美しさは世界一だわ」
 とママも小澤とニット帽の女のように遠くを見る目つきでうっとりする。
「あのさア、何で初恋の女の人に会いたいと思ったのオ?」
 とジーンズ女が水沼にいった。
「仕事で初恋について考えることがあって、そしたら、初恋だったその彼女のことが思い出されて、ああもう彼女には永遠に会えないんだなあと思ったら、何日もそのことが頭から離れなくなってね、やたらと切なくなってしまって」
 と水沼は照れて笑った。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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