長月 天音 インタビュー
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- コロナ禍もだいぶ長くなってきましたが、そういうお客様の振る舞いは戻らなそうですか?
- 長月
- たぶん戻らないんじゃないかなと思います。
私自身は、たとえ自分が客という立場でも、家とは違う空間で食事をいただきにいくという感覚があるんですが、お金を払っているのだからと、よその空間を自分たちだけの空間にしているお客様が増えた印象があります。好きなように過ごして好きなタイミングで帰っていく。良いことか悪いことかはわかりませんが、お店としてはちょっと厄介なお客様です。 - ──
- 現役で飲食のお仕事に携わりながら、前作に続き、飲食店を舞台にされて、現実のコロナ禍がある中で、小説を書く上で書きづらいことはありましたか?
- 長月
- 小説を書く上では、自分の体験をそのまま描いているわけではありません。実際、小説の中に出てくる以上にマナーの悪いお客様もいます。何か気に入らないことがあったのかもしれませんし、コミュニケーションがうまくいかなかったのかもしれませんが、お客様にもお店側にも嫌な思いが残ってしまいます。
小説の中ではクレームや気分を害されたお客様に対し、お店がしっかり対応することで納得していただくという部分を作るように心がけました。お客様とスタッフとのコミュニケーションは今だからこそ書きたかったことです。もちろん、そんなお客様ばかりではありません。使ったおしぼりなどを持参した袋にまとめてくれるお客様もいます。手指や口元を拭ったおしぼりを触るのが嫌だろうという、スタッフへの気遣いには思わず感激してしまいます。「こんな時に働いていて大変だね」「美味しかった、また来るよ」と気さくに声を掛けてくださるお客様には励まされ、ちょっと嫌なお客様がいても、働いている側としては帳尻が合っている感覚です。それが接客業の面白さかもしれません。
■何をやるのが正解なのかわからない
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- 六花という主人公像はどういうところから生まれてきたのでしょうか?
- 長月
- 芯が通った女性にしようとは最初から思っていました。この状況下でくじけずに生きていく人を描きたかったのです。
- ──
- 最初にある程度イメージがあったんですね。
- 長月
- 書き始めたころは確かコロナの第二波くらいで、独身の女性やシングルマザーの方の労働時間が削られたり、非正規雇用の方が解雇されたりといった状況が連日のように報道されていました。どれだけ不安だろうかと思いました。そこで、正社員ではなく、子供はいないけれどシングルの女性がもがきながら頑張る姿を描きたいと思いました。
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- 書いているうちに物語が変わってきたことはありますか?
- 長月
- 六花に弱い部分を加えていった感じですね。この先どうなるかわからないという不安を、現実のコロナ禍と合わせて徐々に増していくつもりはありましたが、孤独感については、最初あまり考えていませんでした。別れた夫とのエピソードを加えることによって、一人を心細く思う、六花のもろさのようなものを追加できたのではと思います。
- プロフィール
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長月天音(ながつき・あまね) 1977年新潟県生まれ。大正大学文学部 卒業。飲食店勤務経験が長い。2018年『ほどなく、お別れです』 で第19回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。 他の著書に『ほどなく、お別れです それぞれの灯火』『明日の私の見つけ方』がある。