よみもの・連載

今回は警察小説。松嶋智左『流警 傘見警部交番事件ファイル』に決定!

江口
本書で描かれているテーマの一つが、警察の隠蔽体質。その流れで、参考図書を今野敏さん『隠蔽捜査』にしました。浜本さん、どうですか?
浜本
『隠蔽捜査』、完璧ですよね。前回、藤沢周平さんの『蝉時雨』が青春時代小説の金字塔だ、という話が出ましたけど、『隠蔽捜査』は警察小説のある種の金字塔だと思います。
吉田
あぁ、わかります。主人公の竜崎というキャラクターを作り出した段階で、勝ちですよね。
江口
同感です。
浜本
東大出身の典型的な警察キャリアなんですが、なんというか、私たちが、警察キャリアはこうあって欲しい、というある種の理想型でもあるんですよね。
吉田
公僕、という言葉がこんなにハマるキャラクターは他にいない。これ、シリーズ第一作なんですが、シリーズの中でも群を抜いていいですよね。竜崎の変人っぷりが際立っている。原理原則を重んじる竜崎には、隠蔽という二文字はないんですよね。そこがいい。
江口
現場の刑事ではなく、警察官僚をメインにした警察小説、という点でも画期的だったと思います。
浜本
画期的といえば、事件だけではなく、家庭人としての竜崎のこともちゃんと描かれていて、そこもいいんですよね。竜崎は警察キャリアとしては有能だけど、逆に言えば仕事にしか興味がない。家庭での主導権は奥さんにある。
吉田
人間の機微には疎い竜崎に代わって、家庭は奥さんがしっかり守っている。でも、そこに竜崎の居場所がちゃんとある、というのもいいです。「父親としては無能ね」と奥さんに言われた竜崎が、後々「無能な父親にしてはよくやったわ」とほめられるエピソードがあって、それが本当に絶妙なんですよ。
浜本
竜崎のキャラも巧(うま)いけど、奥さんのキャラもいい。
吉田
いいですよね。これ、四十六刷となっているんですが、その数字に頷けます。
浜本
個人的には、竜崎に総理大臣を務めて欲しい。
吉田
それ、賛成!

新潮文庫 文庫初版
2008年2月1日刊

『隠蔽捜査』 今野敏

あらすじ

媚びない、ブレない――竜崎伸也は警察官僚、いわゆるキャリアである。現在は警察庁長官官房でマスコミ対策を担っている。その朴念仁ぶりに、周囲からは「変人」という称号が与えられた。だが、彼はこう考えていた――エリートは、国家を守るため、身を捧げるべきだ。私はその信条に従って生きているにすぎない――と。組織を揺るがす連続殺人事件に、竜崎は真正面から対決する。警察小説の歴史に新たな一章を加えた、平成を代表する傑作。第27回吉川英治文学新人賞受賞作。

プロフィール

吉田伸子(よしだ・のぶこ) 青森県出身。書評家。「本の雑誌」の編集者を経てフリーに。鋭い切り口と愛の溢れる書評に定評がある。著書に『恋愛のススメ』。

浜本茂(はまもと・しげる) 北海道函館市出身。長いタコ部屋労働を経て「本の雑誌」編集発行人に就任。NPO法人本屋大賞実行委員会理事長。趣味は犬の散歩。

江口洋(えぐち・ひろし) 神奈川県出身。集英社文庫編集部次長。本企画の言い出しっぺ。

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