よみもの・連載

今回は警察小説。松嶋智左『流警 傘見警部交番事件ファイル』に決定!

江口
昭和の警察小説、という流れになったところで、三冊目の参考図書に移りましょう。戦中戦後を描いた警察小説の代表、堂場瞬一さんの『焦土の刑事』です。
吉田
昭和20年の戦中から戦後にかけてが舞台ですね。『孤狼の血』に感じた“昔”感が、さらに増し、増しです。
浜本
こちらはもう、完全に歴史小説の趣がありますね。
江口
本書は、昭和三部作というか、この『焦土の刑事』が1945年から6年にかけての話で、その次の『動乱の刑事』は1952年が舞台、三作目の『沃野の刑事』は1970年代が舞台です。
吉田
その昔、北上(次郎)さんが、優れた警察小説は風俗小説としての側面を持つ、というような趣旨のことを話されていたんです。何がきっかけでそういう話になったのかは、うろ覚えなんですが、その当時の街や社会の風俗がちゃんと描かれているのが、優れた警察小説である、と。その意味では、戦時下での防空壕の話とか、銀座界隈の風景がきっちりと描写されている本書もまた、優れた警察小説だと思います。
浜本
風俗といえば、戦時下の東京で、演劇や映画が観られていたことも、本書の中では大きな要素ですよね。事件の謎に絡んでくる。ここで描かれているのも、『隠蔽捜査』同様、警察の隠蔽なんですが、殺人事件をもみ消した理由、というのがちょっと説得力に欠ける気はしました。
江口
確かに、そこはちょっと苦しい感じはありますね。
浜本
隠蔽するほどのことなのか、という疑問が残ってしまう。
江口
ただ、今回、この作品を読み返した時に気がついたのですが、作者の堂場さんの目線は、この一作の中にあるというよりは、長い時間の流れを俯瞰(ふかん)しているのでは、と。実はこの作品は、戦争そのものを裁いているのではないか、と。
浜本
あぁ、なるほど。
吉田
今読むと、もみ消した理由に納得がいかないけれど、当時はそんな理由をゴリ押ししたわけで、そういう当時の社会に対する作者の批判が込められている、と。
江口
そう思いました。あと、本書を参考図書にしたのは、私は警察小説はバディものと親和性があると思っていて、本書はバディものとしても優れている、という理由もありました。
吉田
あぁ、確かに。タイトルの「刑事」は一人ではなく、京橋署の高峰と、特高に席を置く海老沢の二人なんですよね。この二人がバディ。
江口
このシリーズ、今は彼らの息子たちが登場する平成版の刊行が始まっています。
浜本
大河警察小説、ですね。

講談社文庫 文庫初版
2022年4月15日刊

『焦土の刑事』 堂場瞬一

あらすじ

昭和20年(1945年)3月。東京大空襲。そして防空壕で女性の他殺体が発見された。 捜査を開始しようとした京橋署の刑事・高峰靖夫に下されたのは、事件のもみ消し指令。納得がいかない高峰は特高に籍を置く友人・海老沢六郎とともに密かに捜査を続け、終戦をまたぎながらも犯人を追い詰めていく。時代は変わっても、刑事は戦いをやめてはならない。警察という組織、刑事という生き方をとことん見つめた、戦中戦後を描いた警察小説を代表する力作。「日本の警察」大河シリーズの第1弾!

プロフィール

吉田伸子(よしだ・のぶこ) 青森県出身。書評家。「本の雑誌」の編集者を経てフリーに。鋭い切り口と愛の溢れる書評に定評がある。著書に『恋愛のススメ』。

浜本茂(はまもと・しげる) 北海道函館市出身。長いタコ部屋労働を経て「本の雑誌」編集発行人に就任。NPO法人本屋大賞実行委員会理事長。趣味は犬の散歩。

江口洋(えぐち・ひろし) 神奈川県出身。集英社文庫編集部次長。本企画の言い出しっぺ。

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