第三章 出師挫折(すいしざせつ)9
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
一方、原昌俊は諏訪頼重と弟の頼高を躑躅ヶ崎(つつじがさき)館の南東にある東光興国禅寺に護送した後、密かに甘利虎泰(とらやす)、原虎胤(とらたね)らと会合を持った。
「そなたらに集まってもろうたのは他でもない、諏訪頼重の処遇について見解をひとつにしておきたいと考えたからだ」
原昌俊は険しい面持ちで切り出す。
「今は東光興国禅寺にござりまするか?」
一足先に新府へ戻っていた甘利虎泰が確認する。
「さようだ。周囲に番兵を配し、外へは出られぬようにしてある」
「幽閉ということにござるか」
「そういうことになる。されど、いつまでも東光興国禅寺に置いておくのは、いかがなものかと思うておる。於禰々様に知れると厄介なことになるやもしれぬ。御屋形様と肚を割って話さねばならぬが、その前にそなたらの考えを確認しておきたい」
原昌俊は交互に甘利虎泰と原虎胤の顔を見る。
「諏訪との因縁は浅くないが、頼重殿を戻せば新たな禍根となる怖れがある。於禰々様の御子に諏訪を嗣(つ)がせるためにも、こたびは甘い処遇をせぬ方がよいのではなかろうか。先代の頃から諏訪には曖昧(あいまい)な態度を取り続けたために、かような災いを招いてきたのだからな」
原虎胤が厳しい意見を述べた。
「御屋形様は諏訪を奪(と)ると仰せになられた。その言に従うならば、小笠原に内通した頼重殿を許すわけにはまいらぬであろう。ところで、駿河守(するがのかみ)殿はいかように申されておりまするか?」
甘利虎泰が訊く。
「信方は、われらに任せると申した。されど、頼重殿の断罪には賛成してくれている。そうせねば、諏訪が治まらぬことは重々承知しているからな」
昌俊は板垣信方の意向を伝えた。
「されど、於禰々様の気持ちを考えるとな……」
甘利虎泰が小さく溜息をつく。
「於禰々様の気持ちを察してしまう御屋形様の方が心配でならぬ。元々、情に厚い御方だからな。下手をすると、頼重殿を許してしまう怖れもあるのではないか。甲斐と信濃(しなの)以外への追放ぐらいの御沙汰で」
原虎胤も心配そうな顔になる。
「いや、それはだめだ。小笠原の件だけでなく、佐久(さく)での裏切りも考えると、甘い処断をしてはならぬ。残った諏訪の者どもに思い知らせるためにも、頼重殿に罪を償うてもらう。もしも、御屋形様が恩情に流されそうになったならば、われらでお止めせねばなるまい」
昌俊は断固たる決意を述べた。
二人も微(かす)かに頷く。
それから、しばしの沈黙が場を支配した。
「……駿河への所払いというわけには、まいらぬだろうか」
甘利虎泰が呟く。
「先代と近づけるのは気が進まぬ。今川(いまがわ)家にさらなる借りを作ることになるしな」
昌俊が腕組みをし、首を横に振る。
「では、駿河へ追放する途上で仕物(しもの)にでもかけてしまうか」
物騒な物言いをした鬼美濃を、二人が顰面(しかみづら)で見る。
仕物とは、暗殺のことである。
「さようなことをすれば、余計な風聞が流れる。それならば、頼重殿に自害してもろうた方がよかろう。武士ならば武士らしく、己の始末は己でつけるしかあるまい」
昌俊が剣呑(けんのん)な本音を吐露する。
二人は驚愕(きょうがく)しながら顔を見合わせた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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