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S文庫広場
「イギリス・オウム紀行」
「イギリス・オウム紀行」 森達也

 ここで考えるべきは、「麻原に今も帰依すること」の何が危険なのかということ。そしてこれを考えるためには、麻原とは何者なのか、彼はどのように事件に関与したのかを、考えなければならない。自著『A3』の冒頭部分を引用する。

 二〇〇四年二月二十七日、元オウム真理教の教祖である麻原彰晃被告に、東京地裁一〇四号法廷で死刑判決が下された。
 被告席に座る麻原は、時おり発作のように浮かぶ満面の笑みらしき表情も含めて同じ動作の反復を、最初から最後まで続けていた。頭を掻き、唇を尖らせ、何かをもごもごとつぶやいてから口のあたりに手をやり、それからくしゃりと顔全体を歪めるのだ。その瞬間の表情は笑顔のようにも見えるし苦悶のようにも見える。順番や間隔は必ずしも規則的ではないし、頭ではなく顎や耳の後ろを掻く場合もあるけれど、基本的にはこれらの動作を、ずっと反復し続けている。
 傍聴席の前から三列目の椅子に座りながら、僕は声を発することができずにいた。もちろん不用意に声など発したら、即座に退廷を命じられるだろう。でもそれだけが理由ではない。仮にこれが法廷ではなく路上だったとしても、僕はやっぱり彼を凝視したまま、その場で動けなくなっていたはずだ。

 このときは昼の休廷時に、地裁2階の司法記者クラブ前の通路で、旧知の記者に声をかけられた。これまでに何十回も麻原法廷を傍聴している彼は、初めて傍聴する僕に「午前と午後とでズボンが変わっていることなんてしょっちゅうですよ」と教えてくれた。つまり失禁だ。脱糞もあったという。喫煙室で会った別の記者は、「どう見ても正常な状態とは思えないのだけど」と質問する僕に、「もうダメでしょうね」と即答した。詐病の可能性も否定した。そのレベルではないという。そもそもこの時点まで麻原は(法廷であれだけ英語混じりの不規則発言を繰り返したのに)精神鑑定を一度も受けていない。とにかく異様な法廷だった。でも結果として一審で出された死刑判決が確定した。そして一審の最中に精神が混濁した麻原は、ほとんど意味ある発言をしていない。
 つまり彼がどのように事件に介在したのか、その検証をこの社会は、まだ充分には果たしていない。

 オックスフォード大学のSt Antony's Collegeが主催する上映会は、カレッジ内のニッサン研究所で行われた。今回の催しをコーディネートしてくれた苅谷剛彦教授からは、ちょうど授業の最終日なので学生たちがどのくらい来るかわからないと聞かされていたが、結果としては盛況だったようだ。多くの日本研究者、学生や院生に加え、地域の人たちもたくさん足を運んでくれた。
 上映後の質疑応答の際には、オウム事件がその後の日本社会に与えた影響について、何人かから質問された。ロンドンから列車に乗ってやってきたムスリムの若者からは、「映画を観てとても衝撃を受けた」と話しかけられた。その横に立っていた初老の紳士が、「最近の日本では、自国を自画自賛する本やテレビ番組が増えているそうですね」と流暢な日本語でつぶやいた。「ヘイト・スピーチも含めて、とても危ういものを感じます」
「よく御存じですね」
「私は日本の近現代史が専門ですから」
 そう言ってから紳士は、「やはり日本にとって、オウム事件の影響はとても大きかった。何となくはそう思っていましたが、今日あなたの映画を観て実感しました」とつぶやいた。



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〈プロフィール〉
森達也 もり・たつや
1956年広島県呉市生まれ。立教大学卒業。86年テレビ番組制作会社に入社、ドキュメンタリーを中心に数々の作品を手がける。98年オウム真理教の荒木浩を主人公とする映画『A』を、2001年には続編『A2』を発表。現在は紙媒体での執筆活動が中心。11年『A3』で第33回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『放送禁止歌』『ドキュメンタリーは嘘をつく』『ぼくの歌、みんなの歌』『死刑』『オカルト』『すべての戦争は自衛意識から始まる』他多数。
A3 上
A3 上/森 達也

A3 上
A3 下/森 達也

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