S文庫広場
「イギリス・オウム紀行」
「イギリス・オウム紀行」 森達也

 男子学生は考え込んでいる。さらに多くの学生が発言する。何が正しくて何が間違っているのか、そんな安易な結論をエリカ教授は言わない。大切なのは考えること。違う意見を聞くこと。教室内を見渡しながら考える。学生たちの民族や宗教は様々だ。アジア系もいればアラブ系もいる。もちろん半分近くは(日本人から見れば)アングロサクソンだけど、出身を訊ねれば、マケドニアとかポーランドとか、やはり多様だ。教える側のエリカ教授も生まれはイタリアで、イギリスに来る前は日本とニュージーランドに滞在していた。
 イギリスに限らない。アメリカでもフランスでもドイツでもスペインでも、街を歩けば多くの民族が集っていることを実感する。自分もその一人だ。もちろんこうした状況によって(移民問題などが示すように)さまざまな軋轢が生じていることも事実だが、欧米におけるアイデンティティ形成は、民族・文化・宗教的にほぼ単一で扁平な東アジア的メンタリティとはだいぶ違う。

 この日は夕刻から『A』が上映され、その後にシンポジウムが行われた。シンポジウム壇上には(僕も含めて)6人の研究者。IS問題では精力的に発言し続けて日本のBS番組などでも顔を見たことがあるランカスター大学のイアン・リーダーは、この寒いのに素足にサンダル履きでマンチェスターにやってきた。オークランド大学の日本研究センターで主任研究員の任に就いているマーク・マリンズは、このシンポジウムのためにニュージーランドから24時間かけてやってきた。
 とても興味深いシンポジウムだったけれど、その詳細を書く紙幅はない。ひとつだけ印象的だったエピソードは、学生が「オウムのようなカルトへの対処法はどうすべきか」と質問したとき、イアンも含めて壇上の教授たちは、「カルトという言葉は使うべきではない」と厳しく指摘したこと。「その言葉を使った瞬間に、彼らと自分たちを二分してしまうことに気づけなくなる」

 これも深い。なるほど。そういえばテロという言葉も彼らはめったに使わない。このシンポジウムのポスターの写真を見てほしい。タイトルは「THE IMPACT OF AUM’S VIOLENCE IN JAPAN AND BEYOND」。つまり「オウムの暴力が日本に与えた衝撃と影響」。テーマは麻原やオウムではない。オウムによって変質した日本社会だ。その意識は徹底している。

 人はそもそも集団に帰属しなくては生きてゆけない生きものだ。つまり群れ。そして群れの中にはいつも、全体の動きに従属することを強制する同調圧力が働いている。特に群れが不安や恐怖を抱いたとき、この圧力は相互作用的に大きくなる。具体的ではない指示や命令が生まれる。アイヒマンが生まれるのはそんな状況だ。群れで生きることを選択した人類の宿痾でもある。だからこそハンナ・アレントは、アイヒマンを「凡庸な殺戮者」と形容した。
 こうした観点から考えれば、オウムの事件は決して特異な事件ではない。むしろ組織化されたときの人の過ちを、とても端的な形で示しているとの見方もできる。既に精神が崩壊した麻原に帰依し続けることが危険なのではなく、組織のメカニズムが過剰に発動することを警戒すべきなのだ。



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〈プロフィール〉
森達也 もり・たつや
1956年広島県呉市生まれ。立教大学卒業。86年テレビ番組制作会社に入社、ドキュメンタリーを中心に数々の作品を手がける。98年オウム真理教の荒木浩を主人公とする映画『A』を、2001年には続編『A2』を発表。現在は紙媒体での執筆活動が中心。11年『A3』で第33回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『放送禁止歌』『ドキュメンタリーは嘘をつく』『ぼくの歌、みんなの歌』『死刑』『オカルト』『すべての戦争は自衛意識から始まる』他多数。
A3 上
A3 上/森 達也

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A3 下/森 達也

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