昨年の夏に疫病が広まった時、武田家は兵糧不足を解消しようと新たな徴発を行った。 それに反撥し、村々で一揆が暴発する寸前にまで不満が高まったが、中でも笛吹の村が最も激しく抵抗した。 信虎はそれに対して怒り狂い、見せしめのために村を焼き、村長をはじめとして反抗した者たちを処刑した。不満を抱いていた他の村々もそれを知り、鳴りを潜めた。 この五人の農民は、焼かれた村落の生き残りだった。 髭面は凄惨な処刑の様子を詳(つまび)らかに語り、その犠牲の中には女人や童までが含まれていたという。特に酷かったのは、信虎が身重の女人に行った残虐な仕打ちだった。 徴発の命令に逆らい、罵詈雑言(ばりぞうごん)を投げつけた女を、信虎は「これは甲斐に住む領民ではなく、里に潜む鬼だ」と言い放ち、断首にしてしまった。 それだけでは飽き足らず、「腹の中にも鬼の子がいるのであろう」と嘯き、こともあろうに腹を割いて胎児を取り出せと命じたという。さすがに、誰もが怖気づき、実行できる者はいなかったらしい。 しかし、その風聞があっというまに広まり、他の村々が震え上がり、黙って命令に従うようになったのである。 「……身重の女(びく)まで首を刎(は)ねるとは、突拍子(ぶんき)もねえ。そっちの方が鬼ずら。そんで、おまんらが来たもんだから、また兵糧を差(つ)ん出(だ)せということと思ったずら。まだ掠め取るのけ? もう、わしらにかまうな!」 髭面はついに哭(な)き出し、他の者も地面に突っ伏した。 話を聞いた太郎は、青ざめたまま黙りこくっていた。父の所業がこれほど酷いものだとは、これまで知らなかったからだ。 「そなたらに危害を加えるつもりはなかったのだ。事情を知らなかったとはいえ、痛い目に遭わせて済まなかった」 信方は小さく頭を下げる。 五人の農民たちはその意外な行動を茫然と見上げていた。 「われらはここを去るゆえ、そなたらも鋤鍬を持って帰れ。もう仕事道具を得物に使うたりするな」 「……へえ。お許し、いただけるので?」 髭面が上目遣いで信方に訊く。 「ほうだ、いま言ったとおりずら。国を守るためのことだから、あえて武田家がしたことに言訳(うてげえし)はしねえ。気が変わらんうちに、おまんらも早く行っちもえ」 信方に促され、農民たちは鋤鍬を手に走り去った。 その後姿を見ながら、太郎は奥歯を嚙みしめる。 「若、われらも館へ戻りましょう」 信方は静かな口調で言う。 「……兵を募らなくてもよいのか?」 「かような有様では、無理にござりましょう。館へ戻り、われらだけで何とかする方法を考えるとしましょう」 「板垣がさように申すならば……」 「時には居直ることも必要にござりまする」 「わかった」 「まずは戻って腹拵(ごしら)え」 信方にも、太郎が農民の話に衝撃を受け、さらに深く傷ついたことはわかっている。だが、あえて素知らぬ振りをし、さばさばと振る舞った。