二人が戻ってからしばらくして、甘利虎泰も躑躅ヶ崎館に帰ってくる。その顔を見て、信方は一瞬で募兵が不調に終わったことを悟った。 「虎泰、われらだけで都留の救援は無理だ。ここを守りながら、御屋形様の帰還を待つしかあるまい」 「その間に信友殿が打ち破られ、北条が新府に攻め込んできたら、いかがいたしまする」 甘利虎泰は顔をしかめながら訊く。 「その時は、その時だ。なるようにしかならぬ」 「駿河守殿がさように申されるのならば、肚を括(くく)るしかありませぬな」 虎泰が苦笑した。 そこへ太郎がやって来る。 「板垣、具足の付け方を教えてくれぬか。この身も戦いに備えねば」 「具足?……ああ、わかりました。鎧はどちらに?」 「室の納戸にしまってあると思うのだが」 「では、まず鎧櫃(びつ)を出し、室で着付けを行いましょう。虎泰、運ぶのを手伝うてくれ」 「承知いたしました」 歩き始めた甘利虎泰に、信方が耳打ちする。 「若は初陣はおろか、まだ元服も済ましておらぬ。初めての着付けは女人が手伝うのだが、致し方あるまい」 二人は鎧櫃を室へ運び、真新しい具足を取り出した。 「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!」 信方は魔除けの九字を切ってから、太郎に着付けの手順を説明する。 「まずは小袖を着て大口袴をつけ、さらに鎧直垂(ひたたれ)を身に纏いまする。その後は籠手(こて)から順に具足を身につけまする」 太郎は神妙な面持ちで小袖を着て大口袴をつけ、それから床几(しょうぎ)に腰掛け、乱髪をさげた頭に折烏帽子(おりえぼし)をかぶる。 その烏帽子の上に、信方が真っ白な鉢巻をかけて締めた。 次に、武田菱の紋がちりばめられた錦襟の鎧直垂を身に纏い、左袖を抜いて脇に畳む。袴の括り緒をきつくしめ、脛巾(はばき)を当てる。太郎の頬が心なしか紅潮していた。 籠手、脇楯、佩楯(はいだて)が次々と身につけられ、鎧姿が出来上がっていく。最後に見事な金泥の武田菱大紋が入った小桜韋威(こざくらがわおどし)の胴丸をつけ、金銀装の太刀を佩(は)いた。 「立派なお姿にござりまする」 信方が笑顔で頷く。 「やはり、重いな……」 床几から立ち上がった太郎が呟いた。 「兜(かぶと)は御出陣の時に。本来ならば、出陣の縁起をかつぐ三献の儀を行わなければなりませぬが、急なことゆえ、ご勘弁を」 三献の儀とは、出陣する武将が南を向いて三三九度の盃を乾した後、「打ち、勝つ、喜ぶ」を表す打鮑(うちあわび)、勝栗(かちぐり)、結び昆布の縁起物を一口ずつ食す習わしのことである。 「具足をつけ、少し気が引き締まった」 覇気が戻った太郎の顔を見て、信方は目を細める。 それを見ていた甘利虎泰は小さく頷いた。