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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志14 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「自害……させてやってはどうか」
 晴信は重い口を開く。
「承知いたしました」
 無理やり己を納得させ、信方は頷く。それから、鎧通(よろいどお)しを抜き、平賀玄心の縄を切ってやる。
「……口のへらぬ奴めが」
 信方は相手の耳元で呟く。
 右手に握った鎧通しを平賀玄心の眼前に投げる。
 乾いた音を立て、短刀が床に突き刺さった。
 手首についた縄の跡をさすりながら玄心は晴信を見上げる。
「かたじけなし」
 そう言ってから、帷子を肌脱ぎにし、正座した。
 しばらく、眼前の鎧通しを見つめてから、それを床から引き抜いた。
「……どなたか白布を貸していただけぬか」
 玄心の言葉に、信方が胸板の奥から白布を取り出そうとする。
 その刹那だった。
「うおりゃあぁ」
 両手で鎧通しを握った平賀玄心が素早く立ち上がり、晴信めがけて突進する。
 その動きを予測していたように、原虎胤が槍の石突きで平賀玄心の脛(すね)を払う。
「ぐわぁ!」
 したたかに脛を叩かれた玄心は床に転がる。
「慮外者(りょがいもの)めが!」
 その叫びと同時に、原虎胤は返した槍先で玄心の喉を床に串刺しにした。
 濁った眼で虚空を睨み、平賀玄心は一撃で息絶えている。
 晴信の前には信方と教来石信房が同時に飛び出していた。
「やはり、口先だけの卑怯者か」
 信方が吐き捨てる。
「首級(しるし)にして持ち帰るぞ! これで、この戦は終わった。若、鬨を」
「……あ、ああ」
 眼前の出来事に、晴信は放心していた。
 それから、気を取り直して槍を握った右手を突き上げる。
「皆、勝鬨を上げよ!」
「おおっ!」
 家臣たちもそれに呼応し、主郭に鯨波(げいは)が広がる。やがて、それが海ノ口(うんのくち)城全体を揺らす。
 こうして乾坤一擲(けんこんいってき)の奇襲は成功した。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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