「若の考えがよくわかりました。よい話を聞けました」 「板垣、戦というのは、人が集うてこそ、できるものなのだな」 「はい、さようにござりまする」 「だから、難しく、怖ろしい」 「その通りにござりまする」 「海ノ口城で殿軍の皆と宴を開いた時、皆の顔を見ながら勝ち戦というものは、なんと素晴らしいものなのかと実感した。宴の後、逆に戦に負けた時のことを想像し、身の毛がよだった。こたびの初陣は、あくまでも父上や重臣の方々にお膳立てをしていただいた勝ち戦なのであろう。それでも、将兵の、人の大切さがよくわかった。それを支えられるだけの器量を持たねば、将として戦などしてはいかぬのだと思うた。大事なのは、人だ。それを容れられる将としての器量を養わねばならぬ。そのためには、くだらぬ悩みにかまけている暇はない。さように思い、これまでの己に区切りをつけるため、ここへ来ることにした」 「言い切りましたな、若」 「ああ、そなたにここで聞いてほしかった。約束する、もう甘えた悩みに煩悶(はんもん)したりはせぬ」 「わかりました」 「いつも、そなたが父であればよかったのにと思うていた。されど、そんな甘えも捨てようと思う」 それだけ言ってから、晴信は恥ずかしそうに何度も両手で顔に湯をかける。 ――己の掌(たなごころ)の中で哭(な)いていた赤子が、初陣を飾って立派な若武者になった。なんとも不思議な気分だ。 そう思い、信方は己の両手を見る。 その刹那、掌に得も言われぬ赤子の感触が甦ってくる。小さく弱々しいが、確かに新しい、ひとつの命の重みだった。 それを感じた途端、己が封印してきた思いが堰(せき)を切って溢れ出す。 ――そうか……。そうであった……。この身は、若を殺(あや)めていたかもしれなかったのだ。 十五年前、信方は主君から密命を受けて要害山城へ上った。 もしも、武田が甲斐へ押し寄せた今川(いまがわ)家の軍勢に負けたならば、人質にならぬよう身重の大井の方を斬ってしまえと命じられていたのである。当然のことながら、そうすれば晴信の誕生もなかった。 しかし、生まれたばかりの晴信をその掌に抱き、なぜか赤子が哭き止んだ時、信方は決して二人を手に掛けまいと決心した。主君に逆らうことになろうとも、守って生かし続けると誓った。 幸いにも武田は今川家の軍勢に勝ったが、信方は直前まで主君の正室の自害を介錯(かいしゃく)せよという密命に悩み続けていた。