「……ならば……ならば、板垣。そなたも藤乃殿の尻に敷かれているということではないか」 「えっ!?」 思わぬ反撃に、信方もたじろぐ。 「どうなのか?」 「……はて、さて」 「はっきりと答えよ」 「まあ……」 信方はそっぽを向いて空咳をする。 「……尻に敷かれておらぬと申せば、嘘になりまする」 「ならば、この身と同じく相手の策に嵌まっているのではないか」 「いえいえ、それがしの場合は、若とは違いまする。こちらが策を仕掛けておりますゆえ。あえて尻に敷かれてみせるという妙策。まあ、戦でもあるまいし、女房との喧嘩など漢(おとこ)の七勝八敗ぐらいが丁度よいのでござりまする」 信方が摩訶(まか)不思議な蘊蓄(うんちく)を述べてごまかす。 「何だ、それは。どういう意味であろうか」 「喧嘩になったならば、まずは三つ負けてやる。その後は、有無を言わさず四連勝。相手もむきになって勝ちにきますので、さらに四つほど負けてやった上で、有無を言わさず三連勝。これで勝ち星は七つずつの五分。最後は『わかった、わかった』と言いながら、わざとひとつ負けてやれば、角張った喧嘩も丸く収まりまする。いわば。漢の度量の見せ所。それがあえて尻に敷かれてみせる七勝八敗の極意というもの」 その説明を聞いても、晴信は狐につままれたような面持ちで小首を傾げる。 「……わかったようで、さっぱりわからぬな」 「まあ、若にはまだ実感が湧きますまい。ひとしきり夫婦喧嘩などを経験してから、今の言葉を想い出しくだされ。さすれば、よぉく意味がわかりまする」 信方は勝ち誇ったような顔で笑う。 「偉そうに……」 晴信は眉をひそめて呟く。 「……ともあれ、少し安心した。都から来る女子だからといって無用に物怖じしたりせずに正面から向かい合うべきだと感じた。見知らぬ土地へやって来る慶子殿こそ、怖くて仕方ないに違いあるまい。それをほぐして差し上げることを考えねばならぬ。それがこの身の役目であろう」 「ほう、さように前向きな心持ちになられたとは、まことに良うござりました。この板垣めも、少し安心いたしました」 「世辞など申しても、接遇の役目は解かぬがな……」 そう言ってから、晴信は照れくさそうにそっぽを向く。