「当方から兵糧を供出せよと!?」 「御屋形様からも『諏訪家には小荷駄押(こにだおし)にて武田の者を鼓舞していただけ。さすれば、先陣に出ずとも婿殿の面目も大いに立つであろう』と言付(ことづ)かっておりまする。お願いのほど、どうかよろしくお願いいたしまする」 原昌俊はこともなげに言い、頭を下げた。 それを見ながら、諏訪頼重が微かに眉をひそめる。 ――小荷駄押で武田勢を鼓舞……。結納品の代わりに兵糧を差し出せということか。 そう言いたげな面持ちだった。 だが、言葉にすることはできない。 祖父の頼満が亡くなってから、諏訪家に対する武田信虎の圧力は明らかに強くなっており、今回の縁組で完全に風下に立たされることは眼に見えている。それを挽回すべく諏訪頼満は村上義清と密かに通じていたが、原昌俊がわざわざ訪ねてきたことから推測しても、どうやら武田に疑われている節があった。 その疑念を払拭するためにも、今回の申し入れを断ることはできなさそうだ。 「……では、こたびの兵粮奉行をお受けいたしまする」 諏訪頼重は渋々ながらも承諾する。 「それは有り難き仕合わせにござりまする」 満面の笑みを浮かべ、原昌俊が頭を再び頭を下げた。 「兵糧についてはいかようにすればよろしかろうか?」 「若神子(わかみこ)城でわれらの将兵が待機しておりますゆえ、まずはそこへお届け願いたい」 「わかりました。……されど、信虎殿にお伝えいただきたい。この悪天候と不作続きで当方の兵粮蔵も底を尽きかけておりますので、お察しいただきたいと」 「承知いたしました。ご無理を申し上げ、まことに恐縮にござりまする。では、さっそく若神子と新府に朗報を届けてまいりまする。本日は有り難うござりました」 原昌俊は礼を述べ、面会の場を後にした。 城から離れた処(ところ)で、跡部信秋が昌俊に耳打ちする。 「先方は村上義清の名を聞き、顔色を変えましたな」 「そのようだな」 「やはり、加賀守殿も見逃しておりませんでしたか。どうやら、諏訪が妙な動きをしているという風聞は、ただの戯言(ざれごと)ではなさそうにござる。もう少し深く内情を探ってみまする」 「その調べについては任せた。それがしはこのまま若神子へ行き、信方に結果を知らせる」 「承知いたしました。では、ここで失礼いたしまする」 跡部信秋は諜知に動き始めた。 原昌俊は若神子城へ向かい、兵糧の手当ができたことを伝える。ほどなく諏訪から兵糧が届き、武田勢は湧き立つ。 信方は先陣の将兵たちに兵食を配り、檄(げき)を飛ばす。 「まずはこれで腹を満たし、その後、一気に佐久を制覇する。皆、よろしく頼む!」 「おおっ!」 兵たちも気勢を上げる。 潤沢な兵糧を得たことで武田勢の士気は大きく上がった。