第三章 出師挫折(すいしざせつ)7
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「禰々と子の居場所は摑(つか)んでいるのか?」
晴信の問いかけに、弟の信繁も身を乗り出す。
「はい。於禰々(おねね)様と御子は茶臼山の本城に居られまする。頼重殿が矢崎原まで出張りましたゆえ、今頃、守矢殿の手の者がお二人を迎えに行っているかと。われらが攻め寄せる時には上原城の守矢殿が匿う手筈となっておりまする」
「うむ、さようか」
大きく頷きながら、晴信は弟を見る。
信繁もそれに応え、無言で頷いた。
「御屋形様……」
跡部信秋が挙手する。
「なんであるか、跡部」
「もしも、御心配ならば、上原城に忍びの者を向かわせ、事前に於禰々様と御子の無事を確認することもできまするが」
「さようか。ならば、その手配りも頼む」
「承知いたしました」
「これで支度は万全に調った。開戦は明後日の払暁とする。各自、最後の仕上げにかかってくれ!」
晴信の言葉に、一同が「おう!」と気勢を発した。
家臣たちがそれぞれの陣に散っていく中、信方は使番(つかいばん)に高遠頼継への連絡を命じる。
跡部信秋は各所に再び忍者を走らせた。
――兵数からしても、この戦は負けようがない。不測の事態さえ避ければ、損害も最小限に抑えられるはずだ。
晴信はそう思っていた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。