よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)3

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「何であるか」
「これまで、われらの諜知は蛇若(へびわか)という者を透破頭(すっぱがしら)として動かしてまいりましたが、信濃の各地を制覇したことで様々な人材が見つかっておりまする。野伏(のぶせり)、修験僧(すげんざ)、猟師の類から夜盗紛(まが)いまでを含め、武士(もののふ)にはない特技を持った者たちを集めました。そこで、武田の忍びである透破に二つの徒党を加え、三(み)ッ者(もの)にしたいと考えておりまする」
「三ッ者?……何であるか、それは」
「役割により、透破、乱破(らっぱ)、突破(とっぱ)という三つの徒党を動かしとうござりまする」
 跡部信秋の話によれば、これまで蛇若という頭を中心にの諜知を行ってきたが、それを透破として独立させるという。
 さらに諜知に加えて敵地での工作や乱妨狼藉(らんぼうろうぜき)などの荒事を行う乱破、敵の要人に対する仕物(しもの)や戦場での攪乱(かくらん)を行う突破という徒党を増やしたいということだった。
 透破頭はこれまで通り蛇若に任せ、忍びの術に特化した手下を増やしていく。
 乱破頭は新たに出浦(いでうら)元清(もときよ)という者を起用し、元々配下にいた野伏を中心に諜知と荒事の両方ができる人材を育てるらしい。
 そして、突破頭には富田(とみた)郷左衛門(ごうざえもん)という荒くれ者を抜擢(ばってき)し、その四人の手下を突破衆の番手とするということだった。
 跡部信秋は三ッ者頭として、この三つの徒党を統括し、役割に見合った仕事を与えるという。
「それだけではありませぬ、御屋形様。小県から村上を駆逐したことで、四阿山(あずまやさん)の修験僧どもがわれらの傘下に入りました。あと、もうひとつ。御屋形様は、禰津(ねづ)の歩巫女(ののう)をご存じでありましょうか」
「歩き巫女(みこ)のことか」
「さようにござりまする。こたび、歩巫女たちを束ねられる者を見つけました。望月(もちづき)千代女(ちよじょ)という女人(にょにん)にござりまする」
「それは望月盛時(もりとき)の女房ではないのか?」
「はい。千代女殿は甲賀(こうか)五十三家の筆頭である望月家の縁者であり、盛時殿に嫁いでからは禰津の歩巫女たちの面倒を見ておりました。御屋形様もご存じの通り、歩き巫女は戦場の跡を訪れ、討死した者たちの霊と交わり、供養もしますゆえ、あらゆる場所へ入ることが許されておりまする。死者の言葉を伝える仏口(ほとけぐち)をもった巫女を殺す莫迦者(ばかもの)はおりませぬゆえ、敵陣の近くへも忍ぶことができまする」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

Back number