よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)3

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 脳裡で目まぐるしく思案が巡っていた。
 ――この旭山城に栗田寛久とわれらの兵を籠城させ、犀川の南側に本隊が陣取れば、越後勢は城攻めと渡河戦の両方を睨みながら布陣し、その後の戦いを考えねばならなくなる。それは長尾景虎にとって相当に難しい局面となるであろう。ならば、この策を御屋形様に具申してみる価値はある。
「栗田殿、この話はそれがしに預からせてくだされ。もしも、旭山城に籠もるとしたならば、必ずそなたを守りきるだけの兵数を城に入れると約束いたす。できれば、城の縄張図(なわばりず)が欲しいのだが」
「墨画でよければ、描くことはできまする」
「ならば、すぐにお願いしたい。その縄張図を携え、それがしは御屋形様のところへ参る。正国殿、再び戻るまで栗田殿の警固をお願いしたい」
「承知!」
「栗田殿、心配なさるな。必ず朗報を持って戻ってきますゆえ」
 真田幸綱は自信に満ちた面持ちで言う。
 それから屋代城を後にし、晴信のいる深志城へと向かった。
 深志城の周辺では、木曾谷攻略の支度が滞りなく終わり、あとは出陣の采配を待つだけになっている。
 その間、越後での内応も続いており、北条高広は頑強に籠城を続け、長尾景虎は北条城の攻略に手こずっていた。
 深志城に入った真田幸綱は、晴信に栗田寛久との談合について報告を行い、旭山城の件を伝える。
「この城に栗田寛久を入れ、武田菱の旗幟を立てさせることで、越後の者どもだけでなく周囲の者すべてに対し、善光寺の別当職が武田家に臣従したと示すことができまする。いわば、武田家が善光寺平に打ち込む巨大な楔。そして、栗田の件は手始めにすぎず、善光寺ゆかりの者たちに加え、飯縄山、戸隠山、黒姫山(くろひめやま)などにいる一統をすべて味方に引き入れるために、この戦を仕立てなければならぬと思うておりまする。それが善光寺平を制することに繋(つな)がるのではありませぬか」
 熱を帯びた幸綱の言葉に、晴信が大きく頷いた。
「確かに、籠もるに易(やす)く、攻めるに難い城のようだな。して、どのくらいの兵が必要と見るか?」
「栗田殿は二千ぐらいは入れると申しておりました」
「ならば、思い切って三千を入れてはどうか」
 晴信の言葉に、真田幸綱が驚く。
「……三千も」
「さようだ。中途半端な兵を入れ、旭山城が落ちたのでは、笑い話にもならぬ。ここは大胆に動く方がよさそうだ。長尾景虎が刈羽郡に張りついている間に城を改修する。菅助(かんすけ)を奉行として派遣し、守将はそうだな……昌信に任せてみよう」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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