第五回
川上健一Kenichi Kawakami
『現在、大手ゼネコン、大水陸建設営業部長の所在の確認が取れなくなっており、行方を探しています』
男のアナウンサーが読むニュースが流れると、
「ん?」
と山田の顔色が変わり、ボリュームを上げる。
『次のニュースです。消費税引き上げを協議している政府の税制調査会は』
「待て待て。どっかでニュースやってないか」
山田は次々にチャンネルを替える。どこに替えてもニュースはやっていない。山田はボリュームを絞ってニュースのチャンネルに戻した。眉間に皺(しわ)を寄せてふうっと大きな吐息をひとつ。
水沼はチラリと山田を見やってから視線を前方に戻す。バックミラーに、後部座席の小澤が息を凝らしているのが見える。雨は弱くなり、ポツリ、ポツリとフロントガラスを叩いている。ワイパーを間欠モードに切り換えながら、
「山田。大水陸建設営業部長って、お前のことだよな?」
といってまたチラリと山田を見る。
「うん。俺だな」
「俺だなって、行方を探しているっていってたぞ」
「そうそう。確かにそういってたぞ。行方を探しているってのは行方不明っていうことじゃないか。お前、ここにいるのに行方不明なの?」
と後部座席から小澤が身を乗り出す。
「別に行方不明じゃないんだけど、向こうが勝手にそう思ってるだけだよ」
山田は他人事のようにいう。
「向こうって誰だよ?」
と小澤。
「たぶん捜査当局」
「捜査当局?」
「捜査当局って、警察ってことか? お前、何かしでかしたのか?」
カーブに差しかかったので、水沼は眉根を寄せたまま前方から目を離さずにいう。捜査当局に追いかけられているとなると、ゆゆしきことに違いない。
「警察じゃないけどね。あのさ、先にへって(いって)おくけど、ワ(俺)、たぶんおさらばするかも」
「おさらばって、どういうことさ?」
「文字通りおさらばだよ。おさらば。バイバイ。さようなら。そういうことだ」
「バイバイって、東京へ帰るってことなの? まさかどっかへとんずらするとか」
と小澤がいってから強張った声で続ける。
「自殺するとかいうことじゃないよね?」
「自殺? 何で俺が自殺するんだよ?」
「だって行方を探しているっていうのは、だいたい死んでしまっているというのが多いじゃないか。だからこれから死ぬのかと思うじゃないよ」
「イガなあ……、ホニホニホニ、勝手にワば殺すなッ」
山田は小澤を振り向いて一喝してから前方に向き直り、
「行かなきゃならない所ができたみたいなんだよ」
と溜め息まじりにいう。
- プロフィール
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川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。