よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第五回

川上健一Kenichi Kawakami

「行かなきゃならない所って、どこだよ?」
 水沼はチラリと山田に目を向ける。
「刑務所、かもな」
「刑務所って、誰かに面会?」
 と小澤がいう。「網走刑務所じゃないよね。あそこはもう実際に使われていなかったんじゃないか?」
「何トンチンカンなことへってらど、このホンツケナシ。ほでね。面会でね。ワが刑務所に入るんだよ」
「は?」
「何で?」
 と小澤と水沼が同時に声を上げる。それから、
「誰かを殺したの?」
「横領か?」
 とまた同時に声を上げる。
「イガど、この! ホンジナシどぁ! 洒落になんねど! 人聞き悪いこどへるな!」
「分かった。不義密通だ。人妻をだまくらかしてひどいことして訴えられたんだ。それともあれだ痴漢だ」
 と小澤はなおも迫る。
「あのなあ。お前じゃないんだからな。関内のおねいさまだまくらかして、うまいことやったんだろうが」
「あれは逆。俺がだまされたの。二百万円もつぎ込んでしまった」
 小澤はなぜかうれしそうに笑う。
「関内のおねいさまはいいから、何で刑務所に入るんだ?」
 と水沼は脱線した二人の間に入る。
「んーとな、談合罪だ。行方を探しているというからたぶんそうだろう。だからこの旅行中に逮捕状が出たら、逃走してるってことで指名手配になるかもしれないんだよ。指名手配になったら極悪非道の悪人になっちゃうからなあ。だから会社に連絡して状況を聞いて、それで出頭した方がよければ東京に戻る。そういう訳で途中でおさらばになるかもしれないんだよ」
 山田は真面目な顔つきでいう。真面目なことを話す時はだいたい標準語だ。
「談合かあ。まあしょうがないといえばしょうがないよね。ということはあれなの、公共工事?」
 小澤はあっけらかんという。小さい会社とはいえ、建設業界に籍を置いているので業界の内情には詳しい。
「まあな。ま、いずれは何らかの事情聴取が入るとは思ってたけどな。不況でこの業界は苦しかったから、業界のことを考えると誰かがやらなければならなかったんだよ。それが俺だったということだ。悪いことは悪いことだけどな」
「ということは、確信犯ということか」
 水沼はハンドルから手を離さず、前方を見つめたままいう。
「そういう訳ではないけどな、誰かがやらないと」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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