よみもの・連載

軍都と色街

第三章 舞鶴

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 海軍とともに生まれた遊郭は、海軍の消滅とともに消えてしまった。ただ、遊廓だったと思しき建物は数軒残っていた。
 私は竜宮遊廓跡と同じように、何か遊廓時代のことを知る人物に話を聞きたいと思った。
 明治時代に遊廓は生まれ、一九五八(昭和三十三)年に売春防止法が施行されるまで、営業を続けてきたという。それは今から六十年以上前のことであるから、遠い過去の話である。
 それにしても、人の姿がない。これでは埒(らち)があかないと、遊廓ではなかったかと思われる家を何軒か訪ねて、呼び鈴を押してみたが、誰も出てこなかった。
 困ったなと思っていると、遊廓のメインストリートにある家から初老の女性が出てきた。私はすぐに女性のもとに近づいた。軽く会釈をしてから、遊廓の取材で来たことを告げた。
「遊廓跡の一角にお地蔵さんがありますが、どんな謂(いわ)れがあるんでしょうか?」
「あれは、電車の中に置いてあったものを、ここに持って来たと聞いています」
「何軒か、遊廓跡の建物が残っていますが、当時のことについて何か知っておられることはありますか?」
「うちも遊廓をやっていたそうですが、それは先代の時のことなんです。もうお義母さんが亡くなっていますから、何も知らないんですよ」
「お義母様は、どちらからここへ来て商売をされたんでしょうか?」
「わかりません」
 何かしらの話は知っていそうだが、それ以上彼女は話したくなさそうだった。
「いつ、こちらに嫁いでこられたんですか?」
「昭和三十四年です」
 その一言を発すると、彼女はもう勘弁して欲しいとばかりに、「すいません」と言って私の前から立ち去った。
 私は、彼女が嫁いできた年に、ものすごく重いものを感じた。
 その年は、売春防止法が完全施行された翌年のことである。遊廓はその役割を終えて一年が経っている。
 性を生業としてきた一族が、過去と決別しようとした翌年、どこからか嫁を迎え入れ、新たな一歩を踏み出した。そんな思いが感じられるのだ。
 果たして、足早に私の前から去った女性は、どんな世界を垣間見たのだろうか。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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