第三話『裏切りの城(今帰仁城)』
矢野 隆Takashi Yano
用意されていた白馬にまたがり、廓と外部を繋ぐ門まで行く。平朗門のあたりの石垣の上に、平原が見送りに出ていた。
密かに出る。兵たちに言葉はかけない。外部と繋がる門の前まで来た時、攀安知は馬上で振り返り、剣を抜いた。視線の先には平原がいる。
頼んだぞ……。
心に念じ、切っ先を天に向けた。
門がゆっくりと開かれる。
攀安知は先頭を駆けた。
*
「出てきたぞ」
床几に座した尚巴志が、つぶやきながら尻を上げた。真牛は床几を蹴倒し立ち上がる。
すでに手筈は整っていた。敵が城から出て来た時が勝負の時だと、数日前から覚悟を決めている。
「かねてよりの申し合わせ通りに動いてくれれば良い」
真牛を見上げながら、尚巴志が言った。黙ってうなずき、己の兵が集う陣まで走る。
すでに馬が用意されていた。真牛の到着を待ち、飛び出すことになっている。兵たちは今や遅しと出陣の下知を待っていた。馬に飛び乗り、即座に剣を抜く。
「攀安知は武勇名高き王じゃ。油断はするなよっ」
喊声が答える。
馬腹を蹴って飛びだすと、兵たちが敵に向かって駆けだした。左右の味方も動きだしている。羽地、国頭、名護の兵だ。最前線で戦うのは、戦前に尚巴志に降った者たちである。
最初に動きだした羽地の兵たちが、すでに敵とぶつかっていた。
「足りぬな」
激しく上下する馬上で、真牛は一人つぶやいた。羽地の兵たちが、明らかに押されている。先頭で戦う攀安知の馬上から繰りだされる凄まじい剣が、右へ左へと兵を斬り裂いてゆくのがはっきりと見えた。首、腕、胴から上……。攀安知の周囲で、人の欠片(かけら)が宙を舞う。それを見て、羽地の兵たちが恐れおののいている。
国頭の兵がぶつかった。策などない。三軍が入り乱れ混戦となる。そこに名護だ。もはや遠くからでは、敵と味方の見分けすらつかない。
「しっかりと敵を見極めよっ」
馬上で叫んではみたが、皆に伝わる訳もない。
兵のことなどどうでも良かった。
真牛の目は、鬼神と化した攀安知一人に注がれている。
あのような姿を目の当たりにして臆する者の気が知れなかった。武人なら、男なら、返り血で朱に染まる攀安知の姿を見たら、胸を躍らせるはずだ。少なくとも、真牛の心は跳ねに跳ねていた。今すぐに、あの男と刃を交えたくてたまらない。全力で駆ける馬すら遅いと思うほど、真牛の気は逸(はや)っていた。
- プロフィール
-
矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。