第三話『裏切りの城(今帰仁城)』
矢野 隆Takashi Yano
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城外に取り残された敵を掃討しつつ、真牛は石垣まで馬を進めた。
「真牛っ」
肩越しに声のした方を見ると、尚巴志が馬を駆っている。彼の大声を初めて聞いた。思っていたよりも、覇気が籠っている。こうして馬を駆っていると、暗い印象が幾分和らいだように見えた。武人としての居住まいは悪くない。さすが、英傑と呼ばれるだけはあると真牛は思った。
荒ぶる馬をなだめながら、尚巴志が隣に並んだ。
「あと少しで北山は落ちる」
火矢を射かけられ方々から黒煙が上がる城を見つめながら、尚巴志が言った。
「申し訳ありませぬ」
尚巴志が顔を城に向けたまま、目だけで真牛を見る。
「攀安知を討てませなんだ」
敗れたのだ。完膚無きまでに。あのまま戦っていれば、間違いなく真牛は死んでいた。平原の裏切りに助けられたのだ。嫌悪を抱いていた男に、命を救ってもらった。それが、攀安知に敗れたことよりも悔しい。
「繰り言を申すな」
怒りを帯びた声で尚巴志が言う。
「御主が攀安知を引きつけておったから、城に火の手が上がるまで持ちこたえられた。戦は勢いだ。攀安知の勇猛な戦いぶりを目の当たりにし続けておったら、兵たちの士気は削がれ、我等は潰走しておったやも知れぬ。御主が一人で攀安知の相手をしておった故、今の我等がある」
媚(こ)びるような色は一切ない、心からの言葉だった。敗北に打ちひしがれていた真牛の心に、尚巴志の言葉は温もりとなって染みた。
「真牛よ」
城門をこじ開けようと必死に戦う兵たちを見つめながら、尚巴志が言った。陰鬱な男のものだとは思えぬ、穏やかな声である。真牛は黙って隣に控える。もう何年も昔から、この男に付き従っていたような気がした。
「この城は御主に任せる。が、治めるのは家臣に任せよ。御主はこの戦が終わったら首里へ来てもらう」
「首里に、でござりまするか」
「あぁ」
尚巴志の目は城に向けられながら、遥か遠くを見ているようだった。
「北山を落としたら、次は南山だ。俺と父上が首里へと出た後も王として南山に居座っておる汪応祖(おうおうそ)の子、他魯毎(たるみ)を玉座から引き摺り落とし、王統をひとつにまとめる。俺は中山王などに興味はない。琉球の王こそが、俺の据わるべき玉座だ」
琉球王……。
途方もないことを考える男だ。百年もの長きに渡って三国に分かたれていた琉球を、この男は本気でひとつに纏(まと)めようとしている。考えるだけで躰が震えた。
「其方には、俺の隣で覇道の行く末を見ていてもらう。解ったな真牛」
胸の底から熱い物が脳天まで駆け抜けてゆく。目に力を込めながら、真牛は深くうなずいた。
もはや中山の小男は、どこにもいなかった。
- プロフィール
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矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。