よみもの・連載

城物語

第五話『士道の行く末(五稜郭)』

矢野 隆Takashi Yano

「どうじゃ、これが我等の新たな城だ」
 いつの間にか馬を止めていた大鳥が言った。隣の栗毛よりも先に進んでいる己が馬を、歳三は素早く止める。すると大鳥がわずかに馬を進めて再び隣に並び両腕を広げた。
「五稜郭だ」
 歳三の前に、手入れが行き届いた木々の群れが広がっていた。城と呼べるような建物は、遠くにひとつだけ見えるのみ。瓦屋根の真ん中あたりに物見櫓(ものみやぐら)のような物が突き出た、不思議な建物であった。城と呼ぶには、いささか小さい。
 木々の群れの手前にはたしかに、城のように堀がある。だがその先の石垣はさほど高くない。
 西洋の城を模倣して作られたのだということは、大鳥に聞かされていた。しかし歳三が知っている城とは、あまりにもかけ離れている。
「亜米利加(アメリカ)との和親条約によって開港場となった箱館に、西洋型土塁を元にして作ったのがこの五稜郭だ。星形の五つの頂と、正門へと続く道を挟み込むようにして半月堡が築かれている。ほらあそこで道が右に曲がっているだろう」
 大鳥が指さしたのは、堀のどん詰まりである。そこから確かに道が右に折れていた。
「あの先が正門なのだが、右側に土塁があるだろう。あれが半月堡だ。正門を攻める敵の側面をあそこから狙い撃つ」
 右に折れた道が、大鳥の言う半月堡の中程あたりで左に曲がり、堀に橋が架けられている。どうやらその先が正門であるようだ。
「敵はここを捨て、さっさと逃げ出した。我等は戦うことなく箱館を手に入れることができた」
 幕府が崩壊し、禄(ろく)を失った幕臣たちを救済するために、蝦夷島の開拓をする。それが、大鳥や榎本たちの建前のはずだ。それが許されるなら、新政府に刃向かうつもりはない。そういう趣旨の書を認めて、使者を立ててからまだ五日ほどしか経っていない。それなのに大鳥は、箱館を手に入れたと言う。最初からそのつもりだったことは、歳三も解っている。が、建前は建前だ。最後まで守り通し、本音は決して口に出さないくらいの腹積もりがなくてどうする。
 組織の上層部の本音が外に漏れていると、それはたちまち下部へと行き渡るものだ。そして、最後には民にも伝わる。
 簒奪者(さんだつしゃ)。
 旧幕軍がそう呼ばれることになる日も、たぶん遠くはないと歳三は思う。
 大鳥が馬腹を蹴って正門へと進みだした。歳三は目を細め、隣を行く軽率な伝習隊総督を見た。
「大鳥殿」
「なんだ」
「開拓は何処(どこ)から始めるつもりだ」
 建前を思い出させるために、あえて言った。が、大鳥は開拓という言葉を、別の意味にとらえたらしい。
「まだ福山城に松前の殿様が残っている。あの藩は今、幼い藩主を担ぎ、正義派などと称する勤王派が牛耳っている。私は大野村で、松前の藩兵と戦ったが、さほど精強ではなかった。我等に抵抗するならば、すぐにでも鎮圧したほうがいいだろうな」
 それは開拓ではない。大鳥自身が言った通り、鎮圧。いや、略奪だ。
 ため息が漏れそうになるのを、歳三は必死にこらえた。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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