- 『東京棄民』 赤松利市 講談社文庫
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令和4年秋。新型コロナウイルスは再び変異を起こし、「東京株」と名付けられた東京固有の株が猛威を振るっていた。感染者、重症者、死者、いずれも過去最多を更新。なすすべがなくなった政府は、感染者だけを東京に残し、東京都民を全国に分配し、東京をロックダウンすることに決めた。「東京逆ロックダウン」である。しかし、正社員の立場を失い、漫画喫茶に寝泊まりしている主人公のイサムは、政府の避難指示を受け取ることができず、首都・東京に取り残されてしまい……。注目の大藪春彦賞作家、初の文庫書き下ろし。
北上次郎さんは、2023年1月19日永眠されました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
「いきなり文庫! グランプリ」第6回の優秀作は、赤松利市『東京棄民』に決定!
- 北上
- 初読のときより二読目のほうが面白かったんだよ。初読のときは、後半にばたばたってなる展開がいかにも作り物めいていて、無理があるような気がしたんだけど、二読目のときは、欠点はあったとしてもこれだけ読ませてくれればいいんじゃないかって思うようになった。ところが読み終わったあとで、待てよ、この最初の設定はヘンだよなあと気がついた。
- 吉田
- そこは置いておくとして(笑)、私が気になったのは主人公のキャラが弱いことですね。善にも悪にも振り切れていない。それがリアルさでもあるとは思うんですが。なんというか、主人公の顔≠ェぼやけているように感じました。
- 北上
- こういうある種のディストピア小説には、常套(じょうとう)的な展開というものがあるんだけど、それをなるべく避けようとしている努力は評価したいと思うんだ。新興宗教みたいなグループが出てきて、その裏に何かがあって、というお約束的な展開がないでもないんだけど、ぎりぎり許容範囲かなと。
- 江口
- 参考図書にいきましょうか。ええと、今回の参考図書は、久保寺健彦さんの『空とセイとぼくと』、打海文三さんの『裸者と裸者』、花村萬月さんの『GA・SHIN! 我・神』の3作です。
- 北上
- 久保寺健彦さんは私の好きな作家で、団地から出ない話があったよね、何だっけ?
- 吉田
- 『みなさん、さようなら』ですね。
- 北上
- 発想が斬新だよね。少年が団地から出ずに、団地の中だけで成長していく話が成立するとは考えたこともなかった。画期的だったと思う。この『空とセイとぼくと』も、6歳か7歳の少年が犬とホームレス生活を送っているという最初の設定には驚かされたけど、そのあとの展開もいい。
- 江口
- 一緒に暮らしていた父親が亡くなってこの少年は一人で生きていくしかなくなるんだけど、けっして暗いだけの展開にならないのがいいですよね。
- 吉田
- 久保寺健彦さんの小説には、人の善意を信じようという矢印があるんですよ。それも絵空事じゃなくて、とてもリアルな。そこがいいんじゃないかな。
- 江口
- フランダースの犬、ですよね、これ。
- 北上
- なるほど。
- 江口
- 家なき子、かな。
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