-短編ホテル-「ドン・ロドリゴと首なしおばけ」

ドン・ロドリゴと首なしお化け

東山彰良Akira Higashiyama

 ぼくがこれから話そうとしていることは、そもそものはじめからいくつかの出来事が奇妙なつながりを見せていた。
 もちろん、奇妙なつながりを持つ物事の常で、なにもかもがすっかり片付くまで、ぼくはその奇妙なつながりというやつに気づきもしなかった。
 介護士の仕事の裏で、マヌエル・ブランコが麻薬を売っていることは公然の秘密だった。けれど、どうせ小遣い稼ぎ程度のせこい商売だと誰もが思っていた。そう、中学生相手に怪しい大麻草を売りつけている程度のものだと。
 実際にマヌエル・ブランコがどの程度裏の世界に首を突っ込んでいたのか、いまとなってはもう誰にもわからない。でも、すこしばかり突っ込みすぎたのは間違いない。その細い首に縄をかけられて歩道橋からぶら下げられたマヌエルをテレビで見たとき、ぼくは真っ先にやつからもらった一枚の写真のことを思い出した。
 その写真にはぼくとマヌエル、そしてドン・ロドリゴが写っている。撮ってくれたのは、ルーペ・カザレスだ。療養所のタマリンドの樹の下で、車椅子にすわったドン・ロドリゴの右側に介護服を着たぼくが立ち、左側にマヌエルが片膝をついてしゃがんでいる。
「じゃあ、撮るわよ。ねえ、ダビッド、もうちょっと笑ったら?」カメラをかまえたルーペ・カザレスが注文をつけた。「なにそれ、それで笑ってるつもり?」
 奇妙なつながりのひとつめは、シャッターを押すときにルーペ・カザレスがちょっとした悪戯心(いたずらごころ)を起こしたことだ。後日、出来あがった写真を見て、マヌエルとドン・ロドリゴが笑った。
「いい写真でしょ?」ルーペが得意げに言った。「半分しか笑わない人は半分だけ写ればいいのよ」
 写真のなかのぼくは、顔の上半分が切れていた。まさにその写真の裏に謎めいたパスワードのようなものを書きつけて、マヌエル・ブランコはぼくに託したのだった。
「なにも訊(き)かないでくれ、ダビッド」とやつは笑いながら写真を押しつけてきた。「もしこいつの使い時が来たら、おまえにはわかるはずだ。そのときにどうするかはおまえにまかせるよ。なんなら破り捨てたっていいんだ」

プロフィール

東山彰良(ひがしやま・あきら) 1968年、台湾台北市生れ。9歳の時に家族で福岡県に移住。2003年、「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞受賞の長編を改題した『逃亡作法 TURD ON THE RUN』で、作家としてデビュー。09年『路傍』で大藪春彦賞を、15年『流』で直木賞を、16年『罪の終わり』で中央公論文芸賞を受賞。17年から18年にかけて『僕が殺した人と僕を殺した人』で、織田作之助賞、読売文学賞、渡辺淳一文学賞を受賞する。『イッツ・オンリー・ロックンロール』『女の子のことばかり考えていたら、1年が経っていた。』『夜汐』『越境』『小さな場所』『どの口が愛を語るんだ』『DEVIL’S DOOR』など著書多数。訳書に『ブラック・デトロイト』(ドナルド・ゴインズ著)がある。