聖夜に
下村敦史Atsushi Shimomura
「心当たりが?」
「マリカ・サントスさん。部屋が予約されていなくて、途方に暮れている外国人の女性のお客様がいらしたんで、先ほどお話を聞いたばかりですわ」
「本当ですか」
「フロントに話した後、打ちひしがれてホテルを去ろうとされていて、その様子が気になったもので、お声がけしたんですわ」
事情(わけ)がありそうなお客様を見過ごさないあたり、玉越もベテランのベルマンだ。
岡野は事情を説明し、彼から話を聞いた。
堀之内という日本人男性を信じ、はるばるフィリピンからやって来たという。フィリピンでTAKOYAKI≠フ屋台をしている日本人に『ヴィクトリアン・ホテル』のことを教わり、関西国際空港に降り立って大阪へ──。
「その屋台の方は、本場のたこ焼きを売っていたそうですから、大阪人だったんでしょうね。大阪人なら地元の『ヴィクトリアン・ホテル』のほうを思い浮かべても不思議はありません。それで二人はすれ違ったんでしょう」
「女性は今もホテルに?」
「エントランスラウンジですわ。要望されて、空港へ戻るためのタクシーの手配をするところでした」
「ギリギリでした。約束の男性は東京の『ヴィクトリアン・ホテル』でお待ちだとお伝えいただけますか。新幹線を手配してください。まだ最終には間に合います」
様々なお客様の様々な要望に応えるのがベルマンだった。過去には、お客様の忘れ物を駅まで届けに向かったり、要望の品を代理で購入しにデパートまで走ったり──。
岡野は電話を切ると、控室を出た。フロントの脇で立ち尽くしている堀之内が不安そうに目を向けている。
「どう──でしたか」
岡野は彼にほほ笑みを向けた。
「『ヴィクトリアン・ホテル大阪』にいらっしゃいました。新幹線を手配させましたので、クリスマスのうちに間に合うと思います」
堀之内の顔がぱっと明るんだ。
「ところで──」岡野は気になっていることを口にした。「お客様はお二人の出会いを妨害しようとする人物に心当たりはありませんか」
堀之内が「え?」と当惑を見せる。
「お客様のお名前を騙(かた)って宿泊をキャンセルしようとした男性がおりました」
堀之内忠則、という名前を聞いたとき、フロントから受けた報告内容を思い出したのだ。何かしら注意が必要な場合、すぐに情報が共有される。
- プロフィール
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下村敦史(しもむら・あつし) 1981年京都府生まれ。2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。他の著書に『生還者』『失踪者』『告白の余白』『黙過』『刑事の慟哭』『絶声』『ヴィクトリアン・ホテル』『白医』など多数 。