グレート・ナンバーズ
真藤順丈Junjou Shindou
〈コンシェルジュ〉
依頼人(オーナー)に首尾を報せるべく、景山はバロン・イヌイの居城を訪れていた。ホテル王の謁見(えっきん)を賜(たまわ)る者は、一等地にそびえる高層ビルの屋上階にある畏敬の門≠くぐらなくてはならない。厳重な身体検査を受けて、ルネ・ラリック風のパフューム・ランプが二列に並んだ絨毯(じゅうたん)を抜けても王座まで三十歩以上は近づけない。王の間のフラットには純和風の茶室や四阿(あずまや)、枯山水の室内庭園があり、バロンが有する全国三十ケ所のホテ
ルの縮尺模型が置かれている。景山が奉職するタワーホテルもそこには当然含まれて
いた。
「つくづく不肖の次男だ。あれが財産を継ぐことなど想像するだに恐ろしいが、それでも一族の血につらなる事実に変わりはない。そこには重い義務が課せられている。娼婦の腹に婚外子を宿すなどもってのほかだ。相手の女の……名はなんと言ったか」
「フレイヤと名乗っています。本名は劉子蕾(リュウツイレイ)、中国系です」
「あとは、その本人だけなんだな」
「恐喝の手ほどきをしたと思われる派遣業者二名、それからゴシップライターには対応しました。脅迫文について知る者は今後、沈黙を貫くことになります」
「どうしてその女を、最後まで残しておいた?」
「身ごもったのもあってか、ずっと身を隠していました。調査はつくしたのですが、居場所を突き止められなかった。ですが、今はちがいます」
「愚息はこちらで厳しく罰する。女のほうは景山さん、あなたに任せる。知ってのとおりあれの兄は国政選挙を控える身、つまらない醜聞に脅かされることがあってはならない。方法はあなたに委ねるが、私は為(な)すべきことが為されることを望んでいる」
察して動け、と言下に命じている。この国の権力者にはおなじみの、婉曲(えんきょく)表現によるトップダウン・オーダーだ。事実上、業界の王による暗殺指令と変わらない。とはいえ今に始まったことでもなかった。これまでにも早急かつ秘密裏に進めなくてはならない仕事を、業界の法理法則にもとづいて誰より上手(うま)くこなしてきたのが景山だった。
「数日前、例の石油王の御曹司、マフムード・シャリル三世が来日してフレイヤを呼ぶという情報が入りました。フレイヤは〈神殿娼婦〉を自称し、王侯や国賓級のセレブリティだけを高額で相手にするコールガールです。常時、ボディガードまで侍(はべ)らせているようですが、マフムード三世はフレイヤの情顧客。身重でもかまわない、むしろ大歓迎というオファーを例外として受けたようです。皮肉なことに三世が常宿にしているのはバロン、あなたのホテルです」
「君のホームグラウンドに、わざわざ飛びこんでくるというわけだな」
「企業恐喝を共謀した者たちが変死か失踪を遂げているわけですから、警戒を強めているのは間違いありませんが、あなたのホテルとの因果関係はまだ察知できていないようです。これまでのように事は運ばないでしょうが、こちらも飛び道具を用意するつもりです」
- プロフィール
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真藤順丈(しんどう・じゅんじょう) 1977年東京都生まれ。2008年『地図男』で、第3回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞しデビュー。同年『庵堂三兄弟の聖職』で第15回日本ホラー小説大賞、『東京ヴァンパイア・ファイナンス』で第15回電撃小説大賞銀賞、『RANK』で第3回ポプラ社小説大賞特別賞をそれぞれ受賞。18年から19年にかけて『宝島』で第9回山田風太郎賞、第160回直木三十五賞、第5回沖縄書店大賞を受賞。著書に『墓頭』『七日じゃ映画は撮れません』『しるしなきもの』『黄昏旅団』『夜の淵をひと廻り』『われらの世紀 真藤順丈作品集』など。