サンセールホテル
柚月裕子Yuko Yuduki
三輪が横から説明する。
「昨日、水野さまとの話し合いのあと、東堂さんが社長に連絡をしたの。それで、今日、朝九時から応接室で水野さまと会うことになったんだけど、東堂さんが水野さまに連絡したところ、水野さまがそこにあなたを同席させるように言われたの。理由を訊ねてもお答えにならなくて、あなたが同席しなければ話し合いはなかったことにするとおっしゃってるわ」
広大は三輪に、恐る恐る訊ねた。
「東堂さんが水野さまに連絡なさったのは、何時ごろですか」
どうして時間を気にするのか不思議に思ったらしく、三輪は眉根を寄せたが速やかに答えた。
「正確な時間はわからないけれど、今朝、東堂さんから聞いた話では昨夜遅くに決まったって言ってたわ」
やっぱり─。
広大は項垂(うなだ)れた。広大が水野の部屋を訪れたあと、東堂が水野に連絡をした。そこで水野が広大の同席を要求したのだ。
宮田は両手で頭を抱えた。
「そんなことはどうでもいいよ。やっとこの問題から離れられたと思ったのに、どうしてまた君が関わることになったんだよ」
宮田は、広大を睨んだ。
「言いなさい。水野さまになにをしたんだ!」
広大は萎縮しながら昨夜の出来事を伝えた。
宮田が怒りと呆れが入り混じったような顔をした。
「わざわざ水野さまのお部屋に行って、そんなことを言ったのか─」
広大は頷いた。
宮田が震える声で、ぶつぶつと言いはじめる。
「君がしたことは、水野さまの指輪を改めて偽物だと突き付けたようなものだ。それで水野さまはお怒りになったんだ。今日、大事な席に君を呼びつけたのは、そこで社長に君への処分を求めるつもりなんだ。部下の不始末は上司の責任だ。きっと私にもなにかしらの処分があるんだ」
先ほどまで怒り狂っていた宮田は、一転して意気消沈し、がっくりと肩を落とした。
三輪が壁にかかっている時計に目をやった。
まもなく始業時間だ。
三輪は広大に言う。
「とにかく、あなたは時間になったら応接室へ行って。業務のほうは心配しないで。スタッフにはうまく言っておくから」
項垂れていた宮田が、勢いよく顔をあげ広大に命ずる。
「話し合いが終わったら、どのような内容だったかすぐに報告しなさい。我が家はね、家のローンや子供の教育費の支払いで大変なんだよ。それなのに減俸にでもなったら妻になんて言われるか─」
話が横にそれはじめたことに気づいたらしく、三輪が急いで広大に部屋から出るよう促した。
- プロフィール
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柚月裕子(ゆづき・ゆうこ) 1968年岩手県出身。2008年「臨床真理」で第7回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞しデビュー。13年『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞を、16年『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞を受賞。他の著書に『慈雨』『盤上の向日葵』『暴虎の牙』『月下のサクラ』などがある。